複数の旅館を経営するオーナーがいる。その1人であるA氏は、各館を自ら直接運営するのが物理的に困難なことから、総支配人を置いて采配を揮う運営形態をとっていた。その総支配人には、役員としての責任とともに大きな権限が与えられていた。言い換えれば、オーナーは経営の大局で采配を揮い、日々の細かな現場の運営は総支配人に任せている。こうしたケースは、業界内で決して珍しくない。
施設の運営がうまく運んでいるか否かは、週に何度か訪れたときの「館内の雰囲気でわかる」とA氏は言う。経営者の「勘」といったものを重視しているわけだ。確かに、人の動き方や日常的な会話、接客態度をはじめ、その場の空気を読むことで、運営状態を把握できる人間もいる。だが、現場に問題があるか否かと、経営面で適正な管理がなされているかどうかは、雰囲気だけで読み取るのは難しい。
一般論としては、勘とともに数値データをリンクさせる感性を養っておくことが、大切だといえる。それには2つの理由がある。1つは、雰囲気が勘と乖離している場合だ。上司と部下の間がスムースに運んでいても、それが経営数値にどう反映されているかが問われるケースにしばしば遭遇する。現場には、往々にして管理者と被管理者のなれ合いによる「出来レース」(拙著『赤字が消える?旅館が変わる!』観光経済新聞社刊)の入り込む余地があるためだ。運営状態の把握では、良好な雰囲気だけでなく、GOPをはじめとする数値データを精査しなければ判断できない部分が多々ある。
もう1つの理由は、仮に数値データが良好だとしても、数字を達成するために背後で何が行われたかが問題になる場合がある。例えば、総支配人が自分の数字(オーナーの実績評価)を上げるためならば、「何でもあり」の姿勢で部下や出入り業者に接していた場合などだ。長期的な視座にたてば、その数字に問題の芽が潜んでいることがある。
そこに、オーナーと総支配人のメカニズムが働いている。数字だけでは運営の実態把握にならないし、総支配人の資質によっては、オーナーが現場を誤って認識する場合さえあり得る。
余談だが、私のところの配膳システムは、「人の動き」からシステムを考えるのではなく、「物の動き」から人の動きを捉えて「ムリ・ムラ・ムダ」を省く効率的なシステムを構築し、結果としてGOPを高めるとともに、サービス密度を高めてCS(顧客満足)の向上、あるいは労働環境を含むES(雇用者満足)の向上にもつながる。また、結果として示される成果は、システムがトータルで機能したときに最大値が達成できるわけだ。したがって「いいとこ取りでは機能は十分に発揮できない」という一面もある。もちろん、部分的な運営改革と考えるなら評価できるが、トータルな構造改革が私の提唱するところにほかならない。
本題に戻ろう。前出の総支配人の場合、いいとこ取りとは違って、結果の1つである「CS向上」の言葉尻だけを持ち出し、接遇に使う備品も「CS向上のシステムを構築する1パーツ」との論で、追加としてその提供を求めてきた。追加というのは、運営変更が進むなかで「あった方がいい」と気づいたからだ。当然ながら、契約した時点の料金には含まれてはいない。しかし、オーナーに追加の料金の話をすると、自分の実績評価が下がってしまう。そこで、私への無理難題となった。一事が万事といわないまでも、社員や出入り業者もそうした姿勢に辟易としている。
怖いのは、上司の姿勢が部下に伝播すること。オーナーが訪れれば、社員が上辺の「いい態度」をみせてしまう。これでは、雰囲気から察するものが限られてくる。
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