GOPが15%以下どころか、まったく確保できていないことさえ何やかにやと理由をつけて「やむを得ない」と納得したり、中には「そんなものだ」と開き直る経営者までいる。そうした諦観にも似た状況は、他の産業ではありえない 「それでも旅館はやってこられた」とうそぶく経営者もいる。確かにこれまではやってこられたかも知れない。旅館には、日本の伝統と文化が背景にあったからだ。
だが、文化とは昔のままを続けることではない。文化は、現状に対して創意工夫を凝らしながら「より高い理想を描いて、それに近づこうとする精神活動」にほかならない。伝統もまたしかり。形だけではなく、精神を継承することだ。いい換えれば、伝統も文化も現状維持のままでコト足りるものではない。このことは、施設が老朽化して陳腐化するにつれて、利用者が激減することが如実に物語っている。ニーズへの対応とは、利用客の好みに迎合することではなく、宿泊施設としての理想を描き、それを具現化することで満たされる。
例えば、1980年代からの温泉ブームを振り返ると、宴会宿泊が主流だった団体型の慰安旅行が成熟しきってしまい、団体から個人へシフトし始めたときにブームが顕在化した。それまでは宴会の陰で脇役だった温泉や露天風呂を、入浴だけではない付加価値とともにアピールすることで新たな需要を喚起し、利用が急激に拡大した。そこには、温泉地に立地する旅館の「理想」が描き込まれていたはずだ。それが、利用者の意識の根底に眠っていた潜在願望を揺り動かし、温泉旅行へ誘ったことは紛れもない事実だった。
そして、理想を描き実現させようとするときに、相応の投資が必要なのはいうまでもない。右肩あがりで黙っていてもGOPが20、30%と上がる時代なら問題ないが、昨今では経営者つとめて意識しなければ確保できない。そうした中で、なぜ「GOP15%必要なのか」といえば、理想を形にするために借入をしたとき、健全な形を維持するためには5%が利払い、10%が元本返済となるからだ。前回例示した食事処を中心にリニューアルで、それを実現できなかった旅館のケースなどは、まさにこれに該当する。有利子債務が年商の1年程度であるにもかかわらず、GOPが数%では返済能力が認められなかったわけだ。GOPへの関心を強く求める理由は、こうしたところにもある。
そうした観点で全国の旅館を俯瞰すると、GOP25%以上をあげている旅館は、全体の0.5割程度にとどまる。以下、GOP20〜25%が全体の1割、15〜20%が1.5割程度だ。つまり、健全経営の目安となるGOP15%以上は、全国のおよそ3割にとどまる。残りの7割は15%以下でありさらに仔細にみるとGOP10〜15%のグループが4割で、10%以下が3割といった色分けになっている。こうしたグループでは、理想を描いても実現はおぼつかない。
さて、今回はメジャーな温泉地にある大型旅館を訊ねたときの話だ。オーナーがいった。「ここでは誰が経営してもやっていける。特段の経営ノウハウはいらない」と。ちょうどいい距離に大きなマーケットがあり、必然的に単価も高いことを理由にあげた。ところが、GOPを聞いてみると「12%ぐらいはいっているかな」という。その程度で自信満々なのをいぶかしんだ私の気持ちを見透かしたように「内部留保がだいぶある」といった。
GOP15%以下でも、こうした内部留保をもっている旅館も少なからずある。したがって、そうした旅館のオーナーは、右肩上がり時代の余力で鷹揚に構えている。だが、車でも惰性で走り続けられる距離には限界がある。いずれは失速するのだが、動いている間は、それに気付かない。それが問題だ。
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