「求める理想は実現する」その89
「温泉地力」で広がる集客市場
Press release
  2008.03.22/観光経済新聞

 鉄則5は「売上のあり方の違い」を指摘したが、その補足として具体的な事例を検証してみよう。
前回の稿で述べたように、売上のあり方として「レジャーとしての癒し」といった市場のニーズを、いかにして旅館の集客に結びつけるが大きな課題となっている。そこで、地域の旅館が連携して近隣地域から独自の集客を試みている事例を紹介した。このケースは視点を客側に移すと別の見方が可能だ。

仮に、この地域の旅館の平均宿泊単価が1万円だったとしよう。近隣から訪れる場合は、交通費などさほど問題にならない。したがって1万円ほどの「ちょっと贅沢なレジャー」の範囲に収まる。ところが、遠隔地から向かう場合は、交通費が宿泊費を上回ってしまう。実際には2万円超の「1泊2日の旅行」になってしまう。その旅行に夫婦で行くとすれば、わずか1泊にもかかわらず、5万円でも足が出るのは必定だ。もちろん、トータルとして5万円になるのは、極論すれば旅館の責任ではないのだが、そうした論は通用しない。夫婦で2万円出すか5万円出すかの選択権は、あくまでも客の側にある。現下の経済環境に照らせば、前者の方が大いに有利なのは疑う余地がない。ここに、「レジャーとしての癒し」のニーズに対応する根拠がある。
ただし、こうした近隣客のニーズに訴求した販売だけでは、旅館の経営が成り立たないのも事実だ。近隣マーケットの規模や可処分所得の地域格差、さらに旅館の規模などを勘案すると、それだけでは施設を埋めきることができない。

例えば、前段で仮定した1万円の単価にしても、これまでの発想(全国区)ならば、比較的に廉価とみられても、可処分所得の地域格差(地方区)を勘案すると、決して安価とは言い切れない側面がある。そうなると、地域に見合った引き下げが必要となる。この場合、これまでにも指摘したように、価格セグメントに対応した運営変更をしなければ、近隣に潜在する「レジャーとしての癒し客」を吸収したとしても、経営に不可欠なGOP15%の確保は難しいことになる。
このGOPにからめながら別の事例を紹介しよう。ある地域のトップ旅館の経営者が言った。「昔はGOP28%ぐらいを出していたのだが、現在は21%だ」と。一方で「この10年は価格を下げていない」とも言う。この旅館は、価格セグメントを明確にして、客対応のサービスグレードはきっちり維持しているが、オペレーションコストは厳格に精査して一切のムダを省いている。しかも、上がった差益の何パーセントかは、客への再投資に回している。もちろん、施設のリニューアルやメンテナンスへの投資も怠ってはいない。「GOPが15%以上ないと施設への再投資ができない」との判断からだ。経営のモノサシとしては、まさに正鵠を射たものだといえる。
また、この経営者が「価格を下げていない」という点も注目できる。地域のトップ旅館が自助努力によって健全な経営状況にあると、地域全体としても安定している。トップの値下げによる安値志向の悪影響(地域全体の値下げスパイラル)が、ここではあまりみられない。さらに、価格を下げない理由がほかにもある。旅館だけでなく飲食店や土産物店をはじめ、地域が一体となって街づくりをしてきた。そのためにトップ旅館は、自館の売店を縮小して地域との一体化を率先した。

個々の経営努力と地域のコンセンサスが調和して、旅館と地域のブランド力が「温泉地力」として集客アップにつながっている(下図)。前出の近隣レジャー客だけでなく、この温泉地では全国区の集客も満たしていた。昔から「急がば回れ」といわれるように、街づくりに相応の時間を費やしてきたが、現状ではそれが奏功している。
次回からは、近代経営ツールを生かす具体例を、ホットな話題を含めて紹介したい。

 

(つづく)

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