旅館と旅行業者の係わりを考えるとき、旅館の規模や立地条件も旅行業者を必要とする大きな要点となっている。それゆえに大多数の旅館は、業者依存の体質から抜け出せない。そうなると客単価は思いどおりにはならなくなる。だが、GOPに執着し、長期展望のもとで努力を続けていると、ブランド力や立地条件などのバリューも上がってくる。知名度があがると直接申し込んでくる小間客が増えるし、業者からの送客も団体だけでなく小間客が増加する。実際にこれまで紹介してきた各氏の旅館は、そうしたプラス方向のスパイラルが作用していた。
そうした改善の背景で、近代経営ツールが少なからず貢献している。平易にいえば、料金に見あった原価を再構築し、原価以上に満足を与える付加価値をつけるために、日々の運営に潜むムリ・ムラ・ムダを合理的な理論の下で洗い出し、それを是正するツールとなってきた。
具体的にいうならば、単価が7000円や8000円のインバウンドや価格志向の団体客を受けていくためには、食事原価をある程度抑えるためのバイキングほか、コストの低減を図る一方でCSに対しても、トータルな視点で捉える必要がある。そこで、パートをはじめ人件費の細部分にまで目を向けなければならない。近代経営ツールを生かしきっている旅館では、業務を徹底解析した人件費対応とともに、ムダを割愛した分をCSに再投資することで、同価格帯ならば他館より高い満足度を提供している。
余談だが、そうして捻出した余力(行き詰った経営では余力といい難いが)を、CS向上などの再投資に回すことで、好循環スパイラルが生まれるのは自然の理だが、近代経営ツールを生かせなかった旅館では、その余力が経営リソースに回っていない。例えば、喉の渇いた人たちに水を与えたとき、最初に手にした人間には最低限2つの選択肢がある。自分が一気に飲み干してしまうか、一口だけ飲んで次の人間に回すかだ。旅館に当てはめれば、最初に水を手にするのは経営者だ。ゆえに、経営者の資質が重視される。近代経営ツールを導入することで生じたはずの余力が、経営リソースとして生かされないまま雲散霧消しているケースに、幾たびとなく遭遇したのも事実だし、残念ながらそうした旅館で悪循環スパイラルは解消されていない。
また、旅館の文化について、あまりにもこだわり過ぎている経営者が多い。高い客単価やブランドを守りたい心情はわかる。だが、バブル時代はともかく、いまは100室のうち20室ぐらいしか埋まらない現実もある。「昔は、ウチが埋まったあとに近隣が埋まっていった。いまは、逆の傾向が出ている」とぼやく経営者がいる。昔とはマーケット自体が変わってきている。その変化に「合わせていいる」というのだが、客観的にみると表面的な対応でしかない。したがって、実際には適正なGOPを確保できていないのだが、それへの意識が気薄なために、バランスの崩れを感じていないわけだ。
そうした旅館の経営者は、「GOPに対して気薄→金融機関から攻められる→泥縄状態になり組織をいじれない」といった構図に陥っている。GOPの組み立てでは、現在の売上単価や経費のバランスを考えなければならない。しかし、状況が変化して経営バランスが崩れているにもかかわらず、経費には手をつけずに文化やブランドを守ろうとするわけだ。GOPが気薄なために、小手先だけをいじろうとする。いま、勝ち組と称される旅館では、そうしたバランスの崩れを是正するために、痛みの伴う試行錯誤を過去に繰り返してきた。そのことを、ぼやく前に知るべきだ。
近代経営ツールを導入して成果を得るには、第一に適切な運営変更を図ることにある。しかし、ツールはどこまでも道具であって、これまで紹介してきた6氏のように、機能以上の使い方でより大きな成果を得たケースもあれば、スポーツカーで農道を走るように高性能を宝の持ち腐れで終わらせた残念なケースもある。経営者の導入意図と現場の対応姿勢が大きな要素だと理解してほしい。
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