初めてE氏の旅館を訪ねたときの記憶は、今も鮮明に残っている。
「ものを置くことは、ロスですね」
とE氏はいった。それは、厨房パントリーでのことだった。普通なら雑然と積み重ねられている什器備品が、ここでは見事なまでに見当たらない。すべてが合理的な集中管理だった。当時、構造改革を提唱して各地の旅館を回っていたが、こうした光景は初めて目にした。
それでも、配膳システムを必要と感じているE氏の、その辺りを探った
答えは、すぐに見つかった。「追いつけ追い越せではなく、差別化が真の狙い」と読み取ることができた。
というのも、それまでの同館本館は、客室の基本が8畳で価格もリーズナブルだった。しかし、これでは単価を上げてのセグメントはできない。そこで、12畳を基本とする客室を新設していた。ただし、近隣の旅館でそうした客室が単価を上げていることに対抗したわけではない。いわば、GOPを高める独自の発想から備えたにすぎない。
客室を大きくするのには、一般的に2つのケースがある。1つは客単価アップを明確に意識したもの。もう1つは周囲の様子を見ながら「なんとなく必要」と考えるケースだ。もちろんE氏は、前者の発想だった。
ところが、そうした意図にもかかわらず、投資と効果のバランスが芳しくなかった。評価や単価は若干アップしたが、狙いどおりには運んでいない。若干の上積み時点で停滞し、セグメントには至らなかった。そこで、次のステップとして15室ほどの高級客室を別棟として新設した。この別棟は狙い通りの効果をあげた。全国的に見ても高い評価を得ている。
こうした経緯を踏まえて次の大改修ではレストランをオープンさせ、食事提供の方法を変えた。これまでの食事は、接待係1人が7部屋ほどを担当して部屋出しをしていたが、提供する料理のメニュー構成をはじめ、現状のままでは客単価を上げるのに限界があると判断したためだ。このときに配膳システムの導入が決まった。E氏はいった。
「単価を上げるには、従来の経営手法だけでは壁を感じているのです」
これまで、非常に合理的な旅館経営をしてきたE氏だが、合理的であるがゆえに見落としている部分もある。私がそれを指摘しようとしたとき、E氏が先に口に出した。
「全体を捉えたときに、CSの向上を痛切に感じたのです。それをしないと客単価は上がりませんね」
CSとGOPの相関性が、このときE氏の内部で整理されたようだ。このレストラン方式は成功した そこでの好評価を踏まえて、さらに本館の全客室で全面改装が行われた。この改装も成功している。
「2000円はアップできたはずですが、諸般の情況をみて1000円程度にとどめました」
それは、余力を残した選択だった。
さて、配膳システムの効果はどうだったのか。導入当初、従来のやり方を全く変えない部門があった。このために、実際の効果が出る時期は遅れたが、E氏も参加する指導会議において指摘し、順次改善されていった。その結果、新しいオールラウンドが効果を発揮して、狙いであったCS面での改善がなされた。
人件費の面では、配膳システムの導入後に2千万円ほどの効果が出ているものの、単純にビフォア・アフターを比較できない一面がある。なぜなら、以前は部屋出しをしていたが、レストランによる高級化に転換したことから、その分での人件費増があるためだ。数字だけを追うと「コスト増」といった現象も出ている。ただし、当初の狙いであった単価の底上げやGOPのアップ、CSの大幅な向上による評価の高まりなどトータルな面での効果は予想を上回っている。また、レストラン部門での人件費効果は、今後、配膳システムのオペレーションが確実に運用されれば問題なく実現する。
配膳システムは、E氏という合理的な経営者に生かされながら、現在進行形の進化を遂げつつある。ツールとして進化の先が楽しみともいえる。
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