「求める理想は実現する」 その63
資本と経営の分離を徹底実践

Press release
  2007.08.18/観光経済新聞

 私がE氏にプレゼンテーションした配膳システムは、旅館の構造改革を進める近代経営ツールでは基幹ともいえるものだ。構造改革では、運営に潜むムリ・ムラ・ムダを排除して余力を生み出す

経営における余力はGOPを高めるとともに、サービスの向上や設備の更新に欠かせない。そして、その余力があれば経営は好循環サイクルに乗る。その好例がE氏の旅館だ。
E氏が旅館を営む温泉地では、かつて絶対的ナンバー1を誇る旅館があった。しかし、現在ではE氏の旅館が上をいく。そんな思いからE氏に何気なく聞いたときのことだ。
「追いつけ追い越せという発想など、少なくとも私にはなかったですね」
と、E氏はサラリといってのけた。
例えば、旅館で多く見受けられるステップを考えてみよう。いわゆる2番手は、1番手に対して追いつけ追い越せが、宿命的な発想ともいえる。すると、設備投資しか考えない。だが、追走しながらの設備投資は、結果として設備の競合しか生み出さない。足下を固めないままで行う設備投資は、経営面でバランスを欠くことになる。それに対してE氏は、非常に計算高く対処してきた

 この計算高さは、「資本と経営の分離」と表現していいだろう。そして、それが「なぜ可能だったか」といえば、多くはE氏の出自に起因すると私はみた。語弊はあるが「華麗なる一族」に類する名家の出ともいえるのがE氏だ。一族は、地域の中でさまざまな事業を展開しており、その1つがE氏の経営する旅館だった。それが第1の因子であり、第2は個人的な因子だ。E氏は旅館経営に携わる以前、文化関係の仕事をしていたが、身体的な理由(健康)からリゾート地にある旅館に職場を移した経緯がある。
その結果E氏がとった経営手法は、「初めに組織ありき」といったもの。自ら細かな指示を出すことはほとんどなく、大半の場面で総支配人を全面に出している。また、総支配人も接客面だけでなく、常に経営的な数字に目を配っている。
余談ではあるが、こうした管理についてアメリカの宿泊産業統一会計基準(ユニホームシステム)の考え方を、拙著の抜粋から紹介してみよう。
経営階層を「部門長」「総支配人」「オーナー」の3段階で捉えている。このうち部門長は、宿泊部門・料飲部門・その他部門において、それぞれの部門利益への責任を負う。そのために原材料費、直接人件費、直接販管費などの部門費用をコントロールしながら、自部門の売上増とコスト削減に取組むことになる。これに対して総支配人は、管理部門や販売促進のほか間接販管費などを担当し、ホテル全体としての経費と売上バランス(GOP=Gross Operating Profit)に責任を負う形になっている。また、オーナーは、部門長・支配人を管理・監督する立場といえる。(『これが、答えだ』(観光経済新聞社刊)

こうしたE氏の経営手法もあって、配膳システム導入の第一段階は、総支配人とのからみから始まった。当時の総支配人が私にいった。
「自分に課せられた経営目標を、確実に達成するのに必要なツールが配膳システムなのです」
と、最初に総支配人が必要性を感じた。経営目標とは、CSの向上と運営コストの削減だった。そしてE氏に導入のメリットを説き、E氏と私が直接会うことになった。
その時のE氏と交した話のうち、いまも印象に残っているものが幾つかある。当時の旅館と銀行のありようもその1つだった。バブル経済の頃は、自己資金がなくとも銀行は融資をしていた。ところが、バブル経済が崩壊して何年か経ったその頃になると、50%の自己資金がないと融資をしないという状況になっていた。こうした状況に対してE氏はいった。
「銀行の対応ぶりの変化には驚くが、これが正当な姿だろう」
状況を極めて冷静に捉えていた。久々に経済人と会話を楽しんだとの記憶がある。そうしたE氏とのやりとりの中から、「投資と効果について綿密に考える人間」との人物像を読み取った。

(つづく)

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