温泉地と旅館の関係をお客の視点で捉えると、1軒の突出した旅館が牽引する温泉地、知名度の高い旅館が群雄割拠する地域、個々の旅館の知名度はそれほどでないが温泉地として評判の高いケースほか、幾つかのパターンがある。近代経営ツールを生かす経営者像5人目のE氏は、群雄割拠ではなく上位の2〜3軒が地域を牽引する形の温泉地で、100室超の旅館を経営している。
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以前、本コラムの中で現在の旅館業をとりまく状況について「伝統的旅館軍vs異業種連合軍」の構図と評したことがある。旅館のGOPが高まらないのは、伝統と文化がカセになっているという論がある一方、それらに縛られない異業種軍は利益をあげている。では、文化にこだわると本当に利益があがらないのか。答えは「NO」だ。E氏は、旅館の経営者にありがちな「旅館文化」を先行させるのではなく、GOPを最優先にしている。だが、お客からは旅館として高い評価を得ている。
そこで、本題に入る前に、旅館の文化論を少々――。旅館にとって旅館文化論は、まったく無頓着であるよりも保持していた方がいい。ただし、それは必要条件というよりも十分条件に近い
規模やグレードによって施設やサービスが異なる以上、旅館文化の顕在化と捉えられる「○○がなければ旅館とはいえない」との論法は成り立たないからだ。
では、文化とは何か。文化とは人間が理想を描き、それに近づこうとする精神活動であり、その努力過程で文明が生まれる。つまり、目に見える形は理想(目的)を実現しようとする過程で生じるものであり、初めに形があるのではない。ところが多くの場合、第三者(他館)で成功した形あるいはサービス形態を旅館文化との勘違いして、無批判に取り入れているケースが少なくない。
もう少し具体的にいえば、一般認識として客室で呈茶をするのが伝統的な形だと受けとめられているが、GOPを高める前提で単価とコストのバランスを考慮すれば、呈茶をしない選択肢もある。また、1万円の旅館と3万円の旅館では、文化を表出する形が違って当然だ。一時が万事といわないまでも、過去を踏襲しただけの行為がさまざまなシチュエーションに含まれているのが、旅館の実態だろう。その結果、観念的な旅館文化論によって経営のバランスに支障をきたしている。旅館の文化産業論とGOPを高める経営論を並立させ、そこで生じるギャップを「儲からない商売」と帰結させ、それを当然のように受けとめてきた。
文化や伝統で継承されるべきは、形ではなくそこに至る「精神活動=心」といえる。例えば、1万円の旅館として理想を描き、それを実現しようとする努力が、1万円で可能な「もてなしの心」育み、具体的な形になっていく。その心を育むプロセスを経ずに、他館の類例を真似ただけでは「1万円=1万円の満足」にほかならない。だが、文化の意味を理解してプロセスを踏んでいれば「1万円+アルファの満足」で、評価の好循環サイクルが形成される。
さて、本題に戻ろう。E氏の旅館は、1万円の旅館ではないし、客室呈茶のない旅館でもない。私がみる限りCSを含めて「地域ナンバー1」の旅館といえる。冒頭で旅館文化よりもGOPを優先させていると書いたが、実はGOPを最優先にすることがCS評価と正比例の関係にある。私は、その経営手腕に魅力を感じた。そして、合理的な運営をさらに磨きあげるためにも、配膳システム導入の必要性を強調することにした。
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