「求める理想は実現する」 その58
全体を俯瞰する経営スタンス

Press release
  2007.07.14/観光経済新聞

 旅館にとって食中毒は、きわめて大きな損害を与える。また、発生の元凶ではなく疑いをかけられただけでも、潔白が証明されるまでは安閑とできない。C氏の旅館で食中毒の嫌疑がかけられたとき、経営幹部や厨房に大きな衝撃が走った。私は、それを出張先のホテルで知った。その時の記憶は、いまも鮮明に残っている。

顛末の詳細は別の機会に譲って結論だけをいえば、伝えられた内容から推し測ると「グレーゾーンはあるものの、いずれ白が証明される」と回答し、結果も推測どおりだった。
そのころ私は、C氏に配膳システムの再プレゼンテーションを考えていた。細菌検査を導入して一定の期間が過ぎていた。運営変更へのスタッフ対応など、社員スキルを見定める姿勢を示してから「そろそろ結論がでそうな時期」と考えたからだ。
「嫌疑が晴れたのだから、プレゼンには恰好のタイミングですね」
営業社員がそういうのに対して、私は首を横に振った。確かに、わが社の業績だけを考えれば攻める好機だが、便乗するような売込みはしたくなかった。配膳システムの基本理念を理解してもらっている以上、どこまでも正攻法でいきたい。私は、間髪のタイミングを外して再プレゼンの腹を決めた。
しばらくした後、私は久々にC氏のもとを訪ねた。判断は正しかった。
「その節はお世話になりました」
いつもの笑顔で迎えてくれた。ひと通りの話の後、C氏はいった。
「料理の動線を変えますよ」と。それは、配膳システムの導入にほかならない。さらに、言葉をつないだ。
「やる以上は、確実なものをつくりあげます」といって、自ら練り上げた腹案を示してきた。細菌検査をスタートさせてから、配膳システムとの融合を次ぎの目的に据えて考え抜いてきたことが言葉に端々に滲み出ている。私の判断は間違っていなかった。やはり、C氏は並外れた経営のバランス感覚で全体像を描いていたのだった。その結果、導き出された結論は意外なものだった。

「目的は人件費の削減ではありません」
と、いい切ってみせた。そのあとで「もちろん、数千万円を投じるのだから、それに見あった効果を期待しています」と、経営者ならば当然の言葉を加えた。
C氏のいう「確実なもの」とは、経営全体からみて合理性のある仕組みをつくりあげようとするものだった。食の動線が合理的であること、しかも人手を軽くしながら安全性は数段高いものにする。人件費や食の安全を個々に云々する目先の効果ではなく、旅館業のトータルな視点から費用対効果を捉えたものだった。
私は、配膳システム導入のメリットの1つとして「人件費の削減」をアピールする。それは、食の安全と料理サービスの向上を考えたとき、「モノの流れ」と「人の動き」を徹底的に解析し、そこに潜むムリ・ムラ・ムダの排除が絶対条件となる。この条件が満たされると、結果として安全とサービス向上が実現するだけでなく、人件費の大幅な節減が達成される。どちらも旅館経営には欠かせないが、一般的には人件費削減の方が訴求効果的なためだ。
さて、こうして経営者像をみてくると、経営者になる最初の入口には2つあるような気がする。1つは20室ぐらいで「旅館をする」という考え方。もう1つは「旅館を経営する」という考え方で、これには「自分の仕事として」と「企業として」といった2通りの考え方に分かれる。「企業として」という捉え方以外の2つは、いわゆる身内で経営の主導権を固めている。その点でC氏は、身内を一切参画させていない。
「会社を経営している以上は、利益をだすのがあたり前」
そんな意味の言葉を、ポロリと漏らしたことがある。細部にまで目を配りながら、それでいて絶えず全体を俯瞰してバランスをとっていると、利益という個別案件にこだわらなくても「利益をだすのがあたり前」といったスタンスに立てるようだ。近代経営ツールを活用する経営者像には、C氏のようにバランス感覚の高い人物が多いのも確かだ。

(つづく)

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