目的の本社は、すぐに見つかった。電話のアポイント時と同じように、社名をいうとすぐに社長室へ通された。挨拶を早々に済ませて本題に入った。
「ちょっと待ってください」
と、B氏は突然、私の話をさえぎった。本題に入って10分ほどが経過した時だった。その間、瞬きもせずにというのは大袈裟だが、少年のようなキラキラした輝きをたたえていた瞳が、一瞬消えた。そこには、印象に残っている鋭い眼光、オーナーの目があった。
〈一体どうした〉
束の間だが、私をたじろがせるような気配が漂った。B氏は、受話器を手にしていた。いやでもその内容は聞こえてくる。
「常務、来て一緒に話を聞きなさい」というものだった。
私は瞠目した。これまでも多くのオーナーに旅館の構造改革や配膳システムの話をしてきた。だが、わずか10分ほどの間に、自館での有用性を喝破する人間はいなかった。逆に多くの場合、自分独りでは心もとないために誰かを呼ぶことはあった。B氏は、自分が理解したために常務を呼んだ。先日の電話のときに感じた洞察力だけでなく、話を聞きながらそれを自身の経営に反映させる構図にまでイメージを広げていたのだ。何かを見聞きして応用できるかを見定めること、いわゆる着眼力にも並々ならぬものを私は感じた。
私は、プレゼンテーションを続けた。ひと通り聞き終わると、B氏は大きくうなずいた。
「常務、このシステムを導入する方向で考えよう」
いわれた常務は「はい」と答えているが、理解したうえでの「はい」ではないことが、ありありと見てとれる。一方のB氏は「まず、あそこで試行してみよう」と、チェーン店の中でメインになっている「奥座敷」の旅館名を具体的にあげた。
B氏は、私の目を見ながら秘密を打ち明けるように話し始めた。その瞳は、和んでいる。
「実はですね。先日、お目にかかった時のあの旅館。私は、ああいう高級旅館を目指しているわけではないのです。といって、安ければいいという旅館でもない。いわば、中間で質の高い旅館を模索しているのです」
その考え方は私も同感だった。伝統的な小規模高級旅館でない限り、大型館を高額で売るには必要以上の努力と経費が強いられる。逆に安売りでプロフィットを稼ぎ出すには、相当のノウハウが必要だ。その意味で中間層を狙うのは正鵠を射ている。
「ところがですね、いまの私どもの運営オペレーションだと、質を落とさずにGOPを確保する、といった条件をつけて中間を多売するには限界があるのです。その壁を感じて、方針を絞りきれずにいたのです」
私は納得した。瞳が和んでいたのは、その答えを見出したためだった。
「だから、まず1軒で試行してみましょう」
と、契約前にもかかわらず導入後へと話は広がり始めていた。
これは後日談だが、そうした話の速さと熱意にほだされて、気がつけば指導会議などではボランティア的な動きをしている「松本」がいたのだ。それは、B氏そのものに興味を抱いた結果ともいえる。
というのも旅館経営は、経営者の資質によって方向性も結果も大きく違ってくる。構造改革や配膳システムなどは、どこまでいっても経営ツールでしかない。そうした道具は、使いこなしてこそ意味がある。同じ道具を使いながら確実に成果をあげる旅館とそうでない旅館があるのは、使い方に起因する部分が多々ある。それが経営者の資質に左右されていることはいうまでもない
そこで私は、経営者の資質や性格に合わせてツールの使用方法をそのつど示してきた。いわゆる指導会議では、極端にいえば、同じものを使う場合でも、ある経営者には「右」といい、別の経営者には「左」ということもある。道筋は違っても本来の目的に到達できればいいわけだ。私は、B氏と巡り会うことで、これまでとは別の経営者像を見た。
|