プレゼンテーションを終えて部屋に戻った私は、なぜか「今回はたぶん不調に終わるだろ」という予感がした。久々に会ったことだけではなく、何かが違う。私は、窓辺で煙草をくゆらせながら、奇妙な感覚の源を自問自答してみた。
私の知るA氏は、GOP(Gross Operating Profit=売上高営業粗利益)や目標設定が確かなだけでなく、着眼点もいい。しかも、自分の目だけでなく社員研修の形で社員の目も活用し、より広範囲に着想を広げてバランスよくとりいれている。
それだけではない。一般に難しいとされる戦術と作戦の認識の仕方も確かだ。戦略を会社レベルの対応とすれば、戦術は会社内セクションのレベル、作戦は個人レベルの対応といってもいいだろう。彼は、それらを見事に使い分けているのだ。
そう考えていると、1つの象徴的な話を思い出した。それは、あるセクションで販促用の広告チラシを作成するときだった。
「社長は私たちの企画を信用しないのですか」と担当者が反駁した。その背景には、企画をはじめ大半のことがらについて、彼は最終段階で必ず目をとおしていた。その行為は、社員の能力を「信用する・しない」といった意味ではない。全国大会レベルともいえる対外的なリリースでは、個々の着想や思いではなく、常に会社として統一されたレベルを保つことが欠かせない。それが、コンセプトなのだ。いわば中核となる思想であり、どの角度からみても同じ評価を受けられるものでなければならない。
例えば、人気ブランドのバッグならば、見た目のデザインだけでなく、素材から縫製、細部の付属品までブランドのコンセプトが徹底している。旅館にあてはめれば、施設・料理・サービスのすべてが、経営者の描く理念=コンセプトに合致しているということ。
仮に、「施設=5」「料理=9」「サービス=7」のレベルだったとして、評価は「5+9+7」を3で割った「7」のランクと考えたいところだが、実際には違う。消費者が料理の噂を聞いて「9」のランクを描いて泊ったところ、「5」のレベル部分に遭遇すれば「期待が裏切られた」ということになってしまう。逆のケースもある。評価にバラつきがあるとは、そういうことだし、それでは「ブランド」として成り立たない。また、評価は往々にして最も低い部分が独り歩きをする傾向もある。
さらに、ブランドは「9」や「10」だけが理想ではない。それらは「高級ブランド」であって、客層をセグメントすることで「3」や「4」の「大衆ブランド」も成り立つ。GOPを念頭に置き、どのレベルでブランド化するかが問題なのだ。それがないと、「5」と「9」が混在するような状況になり、ブランド化が達成できないだけでなく、高収益部分から低収益部分への「貢ぎの構造」が生じ、タコの足喰いのような利益の食い潰しに陥ってしまう。
彼は、そうした発想のもとで自社のブランドイメージを確立・維持するために、戦術レベルにも細心の注意を払ってきた。プラン作成の具体的な作業は社員に「任せる」が、それが経営理念と合致するかをチェックしているわけだ。その結果、消費者は、彼の経営する旅館の名前を聞いただけで「高品質な旅館」をイメージするまでになった。料金の妥当性も感じる。それが、ブランド戦略の重要なポイントなのだ。
彼は、頭の中で一応の結論は出していても、別の見方をする人間がいれば真摯に耳を傾けてきた。「変えるべきものは変える」といった柔軟な発想があり、同時に変えるためのヒントが周辺外部にあった。ここまでは満点のサクセスストーリーだったが、成功に満足すれば慢心が生まれる。傲慢になれば支えてくれた社員や親派も離れる。ブランド化を果たし成功した現在、次の目標設定で何を指針にするか、新たな岐路に立っているようだ。それが、悩みかどうか私には分からない。ただ、プレゼンで感じた違和感の一因が、その辺りにあったのかもしれない。
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