前回指摘したように現状の多くの旅館は、不動産部門に料理原価はじめ何もかもを入れ込んで「料金」と一くくりにしている。あるいは、観光資源と宿泊キャパシティの連動という本来のセオリーも度外視している。だが、そうした現実をセオリー通りにリセットし、白紙からやり直すことは難しい。また、現実を否定するだけでは何も生まれない。その時、条件付きだが現実を前向きに捉える1つの視点として、温泉自体が旅館個々の固有の観光資源になり得るという点がある。
こうした現実論を語ると、セオリーや解析を飛び越えて必ず返ってくる答えがある。「部屋を埋めるために厨房の原価率(材料費など)を高めて料理グレードで訴求する」といった手法を講じている、と。そこには、不動産部門に料理原価をはじめ何もかも入れ込こまなければ、料金を弾き出せないとする従来の発想が根深く潜んでいる。これが問題だ。
例えば、料理原価を500円高めるケースでは、従前の発想だと「料理グレードを高める(誘引要素)→客室を埋める」との構図になる。だが、発想は客室を埋めることで途切れて次ぎの展開へ至らない。飽きられれば、また同じ手を使って最後は自分で自分の首を絞めることになる。安売りの発想と同根でしかない。
この500円アップを筆者は「再投資」と捉える。再投資は設備だけに当てはまる概念ではなく、「それを行うことで不動産の価値が上がる」という意味がある。シンプルに整理すると、従来1万円だった料金を設備投資によって1万1000円にした場合、原価償却が500円で付加価値が500円になる。これに対して食材原価を300円上げて評判を高め、同様の料金アップをすると700円の利益が出る。あるいは、アンケート点数を高めることでも同じように単価アップにつながる。不動産業を念頭に発想すると、こうした3つの手法のどれもが再投資といえる。
つまり、「客室を埋める」とう発想は、結果として本来の利益を食い潰す悪循環のループを生みだす。これに対して「不動産の価値を高める」との発想は、高まった時点でそれを生かした別の施策へと発展させることが可能だ。不動産業に立脚して現状を適切に解析することで、好循環ループへの途が拓ける。
経営ではバランスが重要だ。例えば、お客さまの選択の自由を考えると、部屋重視で料理はそこそこ、逆に料理重視、あるいは部屋も料理も重視といった選択がある。ところが、これは限定されたアングル内での選択にすぎない。帝国ホテルで中華屋のラーメンという発想はないはずで、ステータスのような意識が働いている。したがって、高級な施設であれば高い料理を出す。では現状はどうか。そこに旅館版レベニューマネジメントの必要性がある。なぜかといえば、旅館側が希望する客単価と稼働率を整合させるためだ。
旅館の自社企画をオープンマーケットに売り出し、そこで7割の稼働率をあげられれば自動的に黒字になる。ところが現状は、目標をはるかに下回ってしまう。仮に5割の稼動率ならば、あと2割を確保しなければならない。その2割のために営業マンを雇い、あるいは安売りなどの別企画で埋め合わせをしている。現実に目を向けると、小規模の好評旅館は営業マンなしでも集客しているし、大規模でも適正な企画で6割は確保し、残り1割のために最低限の営業マンを置いているケースもある。筆者の知る旅館の中には、年商40億円で営業マンが3人という実例もある。ところが100室規模で年商10億円程度の旅館で営業マンを6人抱えている例では、オープンマーケットで4割の確保もままならない状況にある。その意味で営業マン数と客単価は、ある意味で経営状態を計るバロメータ的な要素だ。
旅館経営の究極は不動産としての稼働率を高めることにある。したがって、詰まるところは、不動産としての原価を明確にして、マーケットのセグメントを行い、それに合致する商品形態をつくることが旅館版レベニューマネジメントなのだ。いわば、旅館の商品力とセグメントのバランスでもある。
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