前2回は、価格帯別の客数変化によって、GOPにどのような影響が表れているかを考察した。
現在の状況は、これまで1万5000円が主流だった旅館が1万2000円となり、1万2000だったものが1万円、1万円は8000円へという具合に、各旅館のセグメントに下落傾向が続いている。セグメントを下げられる旅館はいいが、その価格帯をメインに据えていた旅館は、それこそたまらない。ハード的に太刀打ちのできない施設が、天から舞い降りたように畑を荒らしにくるわけだ。それは、業界にとって負の連鎖でしかない。市場原理の下でマーケットの指向する価格傾向を勘案すれば、当然の帰結といえなくもないが、根本的な問題解決になっているとはいえない。
現在では死語と一笑に付されるが、戦後の一時期に「タケノコ生活」という言葉があった。手持ちの衣類や持ち物を1つずつ換金して生活費にあてたもので、その様子がタケノコの皮を剥ぐのに似ているためにそう呼ばれた。剥げる皮があるうちはいいが、なくなればゲームオーバーだ。現在のようにセグメントを下げれば、当座は何とかしのげるという状況にも通じるものがある。
一方、生物の世界には絶対的な不文律として「適者生存」がある。外界の環境に適さないものは淘汰されて、やがて衰退滅亡するわけだ。タケノコ生活は、適者生存とは根本的に違う。タコの足食いにも似て、足を食い尽くせば餌も獲れなくなってしまう。
現在の状況を放置したあげく、業界がアガサクリスティの世界――そして誰もいなくなった――では済まされない。そのためには、状況(外界の環境=市場)に対して「適者」となる必要がある。
前置きが長くなってしまったが本題に入ろう。今回からは、価格帯の中身が「適者」であるか否かをテーマとしたい。最も身近な例えから入ってみよう。セグメントのメインを1万円においていた旅館が、8000円主体に移行した。1万円で15%のGOP(1500円)をあげていたとして、8000円になるとGOPはどうなるか。仮にGOP15%を確保しても1200円で300円のマイナスになる。計算を単純化して年間で算出してみると、客数が10万人で年商10億円のGOP15%が1億5000万円だったとすれば、10万人では8億円でGOP1億2000万円になる。従前の額面1億5000万円を確保するには、18%強のGOPを弾き出すか、GOP15%を前提に客数を12万5000人に増やすか、どちらかが必要となる。わずか3%の違いだが、その溝がいかに埋めがたいかは、オーナーならば実感しているはずだ。
しばしば耳にする言葉に「客数は何とか確保したが、GOPは大幅に下がってしまった」というのがある。前記の例でみればGOPも伸びずに、客数の伸びもそれをカバーするには至っていないという状況だ。こうした状況には幾つかの要因がある。まず、「1万円→8000円」の位置づけがあげられる。ほとんどの場合に、マーケットの価格志向への対応を挙げており、市場に合わせて下げざるを得なかった「不本意さ」が窺える。言葉を換えれば、やむを得ずに行った「値引き」といえる。
値引きとは、本来の売るべき価格を、何らかの理由から引き下げて販売することだ。例えば、謝恩と銘打った値引きでは、本来の品質(価値)をそのままに、価格だけを引き下げる。あるいは、在庫一掃のように品質に問題がなくても、売れ残りや新製品に対する型落ちなどを売り切る場合に、消費者に納得づくで買ってもらう値引きもある。いずれにしても、仕入れ原価を考慮すれば、明らかに赤字を覚悟で売ることになる。こうした値引きは、瞬間風速を高める効果があっても決して持続しないし、恒常的に行えば経営が成り立たなくなる。
これに対して安売り専門店は、瞬間でなく恒常的に行っても、確実に利益を上げている。今年度決算で業界の独り勝ちだった衣料品販売やファーストフードの企業では、値引きではない販売の仕組みができあがっている。筆者が仕組みにこだわる理由が、そこにある。
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