一昔以前の状況を思い起してみよう。バブル経済が崩壊し、価格破壊の嵐が吹き荒れる中で客単価は下がるが、サービスや料理内容は従前のオペレーションを引きずっていた。その結果は、改めて語ることさえ忌まわしさを感じる。では、現状はどうなのか。健全経営へ向けたGOPの確保は、多くの旅館で思い通りに運んでいない。それにはさまざまな要因が考えられるが、ありきたりな言葉を使えば「時代が変わったのに発想がまったく変わっていない」という点が大きく作用しているようだ。
そこで筆者は、GOPをデポジットする新たな発想の提唱を続けている。それは、不動産業と料飲業の原点に立ち返った「室料」と「料飲率」の発想だ。根底には、旅館版ユニフォームシステムがある。
さて、料飲率に話を移そう。前号(123回)では、客単価が安いと料飲率も低くなるが「イコール安い材料費」ではないという点を指摘した。そこには、GOPの確保と料理による旅館商品の魅力アップの2つの意味合いが含まれている。言い換えれば、料飲率を客単価にあわせてスライドさせなければ、適正なGOPが確保できないために、客単価が低い場合には料飲率を低く抑えなければならない。しかし、料飲率を低くすることで料理の魅力が失われれば、結果として客数が必要なだけ確保できず、GOPを確保するはずが、逆に経営の足を引っ張ることになる。
何やら禅問答のような話であり、出口のない悪純化スパイラルに落ち込みそうな話になってしまったが、そうした陥穽に落ち込む理由こそが、従前の発想にとらわれていることに他ならない。その構図のままでは、旅館の経営改善――とりわけGOPは、どこからも生まれてこないわけだ。
つまり、GOPを単にデポジットしただけでは絵に描いた餅であり、それに伴う発想とオペレーションを同時に変えなければならない。かつて当たり前のように言われていた「値段を下げれば品質が落ち、品質がおちれば客離れが生じる」ということ自体に、疑問符を投げかけなければならない。
例えば料理については、一般的な1泊2食の宿泊形態の場合、チョイスができないことによる個人の好みとの不一致、材料原価がかけられないことから生じる味覚面の不満が、旅館宿泊の魅力を薄れさす大きな要因になっている。これに対して魅力を落とすどころか、いま以上にアップさせる方法がある。筆者が、たびたび指摘しているバイキング形式がそれだ。オールマイティではないが、少なくとも1万円以下では、最善の選択肢であることに疑いない。
余談だが、関東の海岸沿いの宿に泊まる機会があった。100室規模のその旅館は、一部で部屋食をやっているが大半はバイキングだ。料金は、基本が7500円。ほかに別注料理が2種類(各1500円)で、バイキングだけでは……の思いから別注も予約した。周囲の団体や家族連れは、ほとんどが基本のみだが、種類の多さでほぼ満足している感じだ。また、海沿の特色づけに魚介も銘々のテーブルで焼くバイキング式だった。一方、150席ほどの会場には、案内兼サービス係が6人、後片付けのワゴン要員が3人、それに時折料理を追加にくる厨房要員が数人といった体制だ。料理材料に相応のコストをかけているのが見てとれるが、全体としてローコストオペレーションを感じる。食後にカラオケに行き、ビールを注文するとバイキング会場から運んでくる。カラオケは機械操作の従業員1人だけで、飲み物接待はバイキング会場のスタッフが早変わりしていた。
この夜は、平日にもかかわらず他県から団体バス2台、駐車場もマイカーで満車状態だった。朝風呂の時、宿泊客に聞いた。「料理は大満足」だと居合わせた数人が口をそろえる。湯船に浸かりながら料理原価やGOPを頭の中で弾く悲しい性に、苦笑した筆者だった。ただ、お客の満足や従業員の対応ぶりから、健全経営の宿であることは想像に難しくないようでもあった。
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