「あの領収書、どこへいったのだろう」
こうした状況は、日常生活のなかでしばしば出くわすシチュエーションの1つであり、誰もが少なからず経験している。担当者が自分だけに分かる場所へ伝票を仕舞いこみ、そのまま失念してしまえば永久に不明。第三者には分からない。それが会社に不可欠な伝票だとすれば、現実に起きてはならないことだ。たった1枚の領収書かもしれないが、これこそが「物の流れ」の大切さを象徴している。
つまり、経理業務として「物の流れ」を捉えたき、伝票がそれに当る。2回目は、このことを念頭に以下を書き進めてみよう。
一般的な経理処理には、複式簿記方式と伝票方式がある。現状改革の結論からいえば、2つの方式のうち複式簿記方式を経理の最終段階に据え、前段は伝票方式に切り替える。そうすることでオペレータは、伝票からの入力だけに徹底できる。その前段で入力をするために必要な書き込みを確実に行っているかどうか、それがオペレーションコストに大きくかかわってくる。
具体的にいうと、仕事には「物の動き・人の動き・意識の動き」といった三要素がある。そして経理(予約も同様)における「物の動き」では、そこに「情報の動き」が重要素として加味される。いわば、物と情報が一体となって動いている。
例えば、事務処理において1枚の伝票が経理に提出されたとしよう。そこには「グラス用洗剤」とある。ところが、その伝票の品名だけでは客室消耗品なのか、それとも厨房消耗品なのか判別が難しい。別のケースとして、営業部から領収書が回ってきた。接待交際費なのか、それとも他の用途なのか判然としない。つまり、使った部署でしかわからない情報が伝票の背後に潜んでいる。
そうした意味で経理部とは、各部署のいろいろな我がままや勝手に応じ、あるいは聞き取りながらそれらを整理するような役割がある。逆にいえば、各部署から痛めつけられているような錯覚を抱くセクションともいえる。したがって、それらを踏まえたオペレーションが必要ということになる。
そうした場合に一番いいのは、使った本人が入力することだ。しかし、現実化は難しい。それに見あった課目の整理がなされていないためだ。これについて総合経理システムでは、品目コードによる対処方法行っている(いわゆるノウハウだが、次号回降で機会をみて可能な範囲で開陳したい)。
さて、現実的なシチュエーションで考えてみよう。仮に1枚の仕入伝票をデータ入力するとした場合、それに必要な時間はどうみても3分程度ですんでしまう。そして、1日に処理する伝票の分量が果たしてどれくらいの量になるのか。おのずと答えは出てくる。「なのに、なぜ2人も貼り付けているの」という現実がある。バックヤードの事務部門としては、電話がかかってくればそれへの対応や取り次ぎ、あるいは取り次いだ後に受ける連絡事項などの依頼などの「秘書的業務」もある。だが、それだけで2人を貼り付ける説明にはならないのは自明の理だ。
また、現状の経理業務をみると「会計処理」の域にのみとどまっている。それにもかかわらず、多少辛辣にいえば自分たちの仕事を「難しいもの」に仕立て上げている。例えば、経理に必要な仕分けにしても、コンピュータを活用した自動仕分システムがある。入金や売掛金、支払といったものについて、課目処理全体の9割は自動処理が可能だ。さらに、貸し方・借り方など貸借対象の作成にしても、それほど困難なことではない。極論をいえば、2日もあればそれらの処理はできる。だが、一方で資産処理をはじめ高度な分野もある。
つまり、経営者が現状に対して認識の欠けている部分としては、日々の入力処理的な平易部分と高度な部分が混在することから「現状の体制を維持するしかない」と諦め、そうではない合理的なシステム構築を描かない――本コラムのテーマである理想を描き求めないところが指摘できる。事務の管理コストが膨らむ要因が、実はここにある。
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