本シリーズは、旅館の経営で健全性の度合いを計る指数ともいえるGOP15%に向けた経営改善を提唱している。端的に言えば、永年にわたって経営を続けてきた旅館を、未来志向でさらに持続させるためには、GOP15%の確保が必須条件ともいえる。15%を下回れば持続が危うくなる。俗っぽく言えば、設備投資の融資を受けようとした際にも、この数字が銀行側の判断材料になっていることは、読者諸氏も経験していることだと思う。
なぜ、健全経営が必要なのか。極めて初歩的な問いを持ち出した理由は、ある意味でそれを「なおざりにしている傾向」が否定できないために、改めて問い直す必要性を感じている。次のような話を耳にすることがある。
「明るい未来をどんなに語ったところで、今日を生き抜かなければ未来はない。それが間違っているか」
厳しい現実を前にしたとき、「間違っている」と否定する根拠は、残念ながら見出せない。だが、どこかが違うと言う心の中の叫びを打ち消すこともできない。理由は、経営とは今日だけで終わるものでないためだ。持続して未来へ受け継がれることにこそ、経営の神髄があると認識しているためだとも言える。譬えの適正度を別にすれば、持続できなくなって経営が異業種などに交代した旅館の姿を、あまりにも多く見過ぎてきた。そして、それらに「経営」はあっても、旅館としての矜持と未来への持続に疑念を感じるのは、決して筆者だけないはずだ。つまり、旅館としての経営を持続させるには、健全経営であることが欠かせない。
余談だが、バブル経済が爛熟期にあったころ、サスティナブル(持続可能な)への警鐘が国連でなされた。それは、環境をはじめ「次世代の利益を損なわない範囲内で社会の発展を進めようとする理念」だった。そして21世紀社会では、その認識がさらに深まってきている。観光分野でも、観光開発に名を借りた乱開発への警鐘から、サスティナブル・ツーリズムが注目され、今日に至った。
さて、改めて旅館の現状に目を移してみよう。バブル経済の崩壊以降、価格志向の圧力は旅館の経営を圧迫し続けている。さらに、リーマンショックで追い打ちをかけられた形だ。それらは、個々の旅館が抗しきれるものではない。だが、市場の意向を汲みつつ、日本の伝統と文化を守り続けていくのが、旅館における持続にほかならない。
そこで留意すべきことは、当座をしのぐだけの発想では価格志向への対応にならないと言うこと。最も安易な対応は、市場に受け入れられ易い価格に引き下げることだが、そのために運営の諸原価を下げ、サービスの質を落とせば、結局はその場しのぎに終わり、さらなる価格の引き下げを余儀なくされる。これでは、価格志向に対応したことにならないし、自縄自縛が続く。
安易な価格引き下げは、世間で言う「安かろう、悪かろう」であって、そこに旅館として矜持は感じられない。また、旅館の矜持と言う前に、現実的な旅館宿泊の意義さえ失われてしまう。現在の旅館経営では、多くの場合に実際の宿泊者と送客をする旅行業者、そして旅館の3者が関与することで旅館宿泊が成り立っている。この3者の間にウィン・ウィン・ウィンの関係が成り立たなければ、旅館経営からみた持続可能な旅館宿泊にならない。
そうした価格志向の厳しい状況下でGOP15%を確保し、旅館のサスティナブルを、どうやって実現するかを考えなければならない。それへの答えは、本稿で提唱し続けている運営手法の抜本的な改革にあると筆者は確信している。
また、GOP15%の確保は、施設の維持と適切な再投資、旅館業務に携わる人間が働き甲斐を感じられる処遇などを可能とする大前提でもある。視点を換えると、旅館経営の抜本改革は、前述したウィン・ウィン・ウィンの関係を成り立たせる方途でもある。それを一言で表現すれば「送って安心、泊って満足」の経営を実現させることになる。(つづく)
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