「儲けるための旅館経営」 その86
GOPと食中毒防止の関係性

Press release
  2011.7.2観光経済新聞
今回の稿は、日本の焼き肉チェーン店で食中毒による死亡事故が発生し(後に倒産)、さらにドイツを中心にヨーロッパでも食中毒事故が拡大したために記している。日本のケースは、生の牛肉を介したO-157O-111による食中毒、ヨーロッパでは当初スペイン産のキュウリとされていたが、どうやらドイツ産モヤシから検出された0-104が犯人のような雲行きになってきた(スペインの農業は風評被害で大打撃)。

犯人探しはさておき、こうした食中毒事故は「なぜ、なくならないのか」と言う素朴な疑問を、多くの旅館経営者から聞かされる。それへの答えは、残念ながら「ない」としか言えない。ただし、現時点で食中毒の撲滅はムリであっても、リスクを最小限に抑え込む手立てはある。食中毒防止の3原則を徹底することだ(第81回「食中毒防止は経営の根幹にも」参照)。冒頭の焼き肉チェーの場合、安売りを旗印に業容を拡大したが、それに伴ったコストの増加を吸収できず、しわ寄せが厨房の衛生検査に及んで、半年以上も行われていなかった実態が判明している。

さて、こうした食中毒とGOPはある意味で密接につながっている。一たび食中毒事故が発生すれば、日々の地道な経営努力も一瞬で消し飛んでしまう。GOPアップを安易に図ることは、食中毒の危険性も増大させることになる。

そこには、2つの大きな要素がある。料理原価を下げるために、品質よりも価格を先行した仕入れになりがちな点が第1の要素。第2は、効率を追うために厨房作業での衛生管理の徹底がおろそかになること。前者については容易にイメージできるはずだが、後者には、意外な見落としがある。夕食の準備で大忙しの厨房を思い浮かべてほしい。一見して活況を呈しているかに映るその光景には、実は運営コストを肥大化させるGOPマイナス要因が多分に含まれている。一言でいえば、事前に効率よく準備できる作業が、単に集中しているだけなのだ。板前やパートなど人海戦術的な人員確保は、コストを肥大させているのに等しい。さらに、盛り込まれた料理がところ狭しと並ぶ光景は、「今日も大盛況」と胸をなでおろしたいところだが、実は食中毒防止の大原則の1つ「菌を増やさない」と逆行している。

つまり、料理運営コストとしてそれらを解析すると、これらの状況は問題だらけと言っても過言でない。そして、食中毒の危険性が多分に潜んでいる。調理時間を集中させずに効率よく準備し、盛り付けた料理を安全に保管する発想が欠かせない。厚生労働省が示している指針に、次のようなものがある。

 「温かく食べる料理は常に温かく、冷やして食べる料理は常に冷たくしておきましょう。温かい料理は65度C以上、冷やして食べる料理は10度C以下です。調理前の食品や調理後の食品は、室温に長く放置してはいけません」

 大人数の料理を一度に提供しなければならない旅館では、この当然のルールが難しい。しかし、一定の設備機器があれば不可能なことではない。それへの初期投資、作業の集中化で実はコストパフーマンの悪い実態、食中毒の危険性――3題話ではないが、おのずと答えは見出せるはずだ。「新たな設備投資など……」と躊躇する経営者の心情も、現状の経営環境を考えれば理解できなくもない。だが、日々で捉えればわずかな額かもしれないコストの肥満部分が、躊躇している間にもじわじわと積み重なり、ボディブローのように効いてくるのも、一方の真実であると知っていてほしい。

食中毒を引き起こす細菌とは、目に見えない敵だ。どんなに優れた視力をもってしても人の目には見えない。「増やさない」と「殺す」の2つは、自らの努力で可能な限りリスク軽減もできるが、「つけない」の項目は自社だけで十分といえない。仕入れた食材が細菌に汚染されていれば、どんなに目を凝らしても判別できない。仕入れ検査の仕組みが必要のは、しごく当然のことといえる。今回の食中毒は、それを示唆している。(つづく)