前回は「価格グレードに見合った情緒性の総和として、満足の与えられるコスト構成を打ち出すこと」だと提起した。視点を換えると、旅館の料金として1泊2食のビジネスモデルに慣れ親しんできた宿泊客側も旅館側も、単純な「泊食分離」の発想では、納得や満足が得られないことを意味している。さらにいえば、1泊2食の「食」そのものが「泊」の一部になっているということだ。ゆえに、癒しの空間や寛ぎの食事など、空間と時間の3次元をトータルとして満足させるものが「情緒性の総和」であり、旅館の宿泊料金となる。
したがって、泊と食のどちらか一方がバランス=宿泊客の納得性を欠けば、全体が成り立たないことになる。そこで「コストバランス50%」(売上に対する人件費、原材料、消耗品と備品補充の合計)の提唱を続けている。それが、従来の泊食分離の発想と根本的に異なる部分だ。これに関して1例を示したい。
それは、ある経営者と話していたときのことだ。その旅館は、筆者が見る限り「コストバランス50%」のセオリーに近い運営実態を示しており、その点で経営者の運営手法に問題はなさそうだ。しかし、運営面はそれなりの及第点をとっているものの、発想の根底に従来の「泊食的な影」が残っている。象徴的な言葉として「現状の原価を可能な限り引き下げる」という一言が出てきた。
いうまでもなく、料理にかかわる原価を念頭に置いている。「この単価ならば、原価をもっと引き下げてもいい」とする発想だ。原価を下げることは、結果として料理のクオリティを軽視することにつながる。その旅館の平均単価が8000円であることを勘案すると、現状の「価格グレードに見合った情緒性の総和」とする観点が、これ以上の原価引き下げでは崩れてくる。前述した「食」そのものが「泊」の一部になっている観点が、従来の泊食的な発想で別個に捉えられ、総和が欠落している。
話を「原価を引き下げる」とした時点に戻そう。では、その旅館ではGOPアップは望めないのか。答えは否だ。「コストバランス50%」は料金帯によって異なり、ここで話題にしている8000円台では、40%程度となる。つまり、原価を引き下げると短絡するのではなく、規準となる比率を50%から40%に引き下げることで、売上に対してコストが10%下がる。当然ながら、それはGOPアップにつながってくる。
これは、単なる数字のマジックではない。それこそが「料理運営コスト」の意味するところなのだ。前述したようにコストバランスとは、売上に対する人件費や原材料、消耗品と備品補充の合計であり、それらを適切に運用するマネジメントを構築すること。つまり、原価引き下げや接客内容をグレードダウンさせることなく、当面の目標を達成できる。
料理運営コストを引き下げる手法の1つとして、例えば夕食のバイキング形式化をしばしば引き合いにだしてきた。部屋出しや食事処といった発想は、従来の旅館の「食」にしばられていた感が否めない。また、原価を引き下げるとする発想も、背景には「この単価なら、この程度」といった前提があるはずだ。そこでの「この程度」について、原価ではなく料理運営コストの観点で捉えれば、提供手法の変更に発展できる。原価もグレードも「この程度」まで下げる必要はない。それにもかかわらず、運営変更だけでコストは軽減されるわけだ。
余談だが、一般的な観光地は、宿泊施設がなければ観光地と呼べないと筆者は考える。宿泊がなければ、地域に落ちる金額も少ない。地域へカネを落とす方法の1つが「地産地消」であり、旅館はその舞台になれる。自由にチョイスできるバイキング形式は、消費指向のアンテナ機能もある。旅館が地域の農協や漁協と連携することで、生産者の顔が見える食材、食の安全安心や本物志向などの消費者のニーズとも合致する。
料理運営コストは、接客要員比率につながる基本的な発想であり、それがGOPアップにつながる。(つづく)
|