いま、旅館経営で改めて考えるべきことは、CS(顧客満足)とES(社員満足)のアップ、コストのダウンの「3点セット」を実現することだ。顧客が何によって満足を得るかは一概に言えないが、どんなに立派な施設であっても、それを運営するのは人手(社員)にほかならない。いわば、施設が本来の機能を十二分に果たすか否かは、社員の力量と働き具合にかかっている。その社員が仕事に満足できていなければ、結果はおのずと知れる。
では、社員の満足とはなにか。旅館が日本の文化や伝統を継承しているとしばしば言われるが、そうした観念論や使命感だけでは、決して満足できない。労働にみあった対価、給与面で満足を得られなければ、仕事をするにも限界がある。しかし、客単価が価格志向の圧力で低下の一途にあり、年商も前年維持さえ難しくなっている状況下では、EC向上は難しい。現実には、運営コストで大きな比重を占める人件費の削減となる。同じ量の仕事を減った人数でこなせば、当然ながら労働強化を強いることになり、ESはさらに低下する。同時にそれはCSの低下にもつながり、CSが下がれば単価の引き下げが余儀なくされる。まさに悪循環ループ以外の何ものでもない。
一方、コストダウンについては、さまざまな経費の削減を実施してきたはずだ。ある経営者は「もはや、削減すべきは可能な限り実行してきた」と言う。もちろん、人件費にも手をつけて最低限の社員定数にまで絞り込んできた。これ以上のコストダウンは不可能だと言いきる。しかし、そうした実話を聞いている時に抱く疑問は、常に同じものを感じる。
例えば、事務職員として採用した社員は、果たして事務ワークのエキスパートなのか。あるいは接客係は、接客のプロフェッショナルなのか。どちらも、最初は大半が素人であり、経験を重ねることで「それらしく」なる。筆者は、本シリーズの中でアメリカの「海兵隊方式」を例示したことがある。というのも日本旅館は、日本の文化や伝統の総合産業であり、提供するサービスの総合力がCSに反映されるからだ。極論をいえば、事務に携わる社員であっても、接客係と同等の「おもてなし精神」をもっていなければ、旅館の社員として相応しいとはいえない。例示した海兵隊では、一朝有事には事務系のスタッフでも銃をとる基礎素養を徹底的に叩き込む。旅館にも、お客をもてなす接客を基礎素養として全員に浸透させる必要がある。そして繁忙期を一朝有事とみなし、全員で接客にあたる体制を構築する必要がある。そうした対応を可能とするカギが、実はESなのだ。
その一環として前回、運営手法を改編する第1段回の接客とフロント・ロビー(売店含む)の一体化、第2段階の事務所要員の接客化を指摘した。前出の経営者談では、そうした全員体制も組んでいると言う。だが、問題は「結果としてそうなっている」のであって、GOP確保を含む経営の仕組みとして構築されているわけではない。3階層運営やオールラウンド化による館内運営の仕組みができていないケースが大半を占めている。
巷には「結果オーライ」の言葉もあるが、それは「場当たり」でしかない。場当たりの問題点は、最近の日本における外交姿勢をはじめ、さまざまな分野で改善が指摘されている。つまり、CS向上のためにはES向上が不可欠であり、それを仕組みとして構築し、実際の運営に反映させなければならない。
同時に、それが3点セットの「コストダウン」につながると認識する必要がある。なぜならば、前出の第1段回「接客とフロント・ロビーの一体化」によって人件費の実効が高まる。次の例はさらに高次なものだが、厨房作業の最終段階を客の面前で行えば、演出効果だけでなく接客係の削減もできる。厨房要員は料理を通してお客をもてなす間接的なかかわりだけでなく、海兵隊方式で直接お客をもてなす接客要員に変身するわけだ。それらをトータルな仕組みとして構築することが求められる。(つづく)
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