旅館の3要素は、言うまでもなく「施設・料理・接遇」であり、それらに優先順位をつけることは難しい。しかし、旅行へ行くこと自体が目的だった60〜70年代、温泉ブームや旅館宿泊が目的化された80〜90年代の旅行経験を経て、旅行に対する消費者の目的は変化してきた。そして現在では、バブル時代に旅館が競い合っていた施設の豪華さや贅を尽くした料理への関心は、いく分か影を潜めている。言い換えれば、非日常の新奇な空間や贅沢で食べきれない食事よりも、癒しを感じる空間や地産地消の食材による料理へと、静かだが確実に移行している。
そうした変化の中で接遇も、かつての「べったりサービス」を好む客層は、めっきり減ってきたようだ。しかし、人的サービスへの期待が減ったわけではない。最近の旅行への誘発動機をみると、観光旅行先での「交流」がキーワードの1つとなってきた。旅行先で地元の人々と触れ合うことへの関心が高まっている。接遇形態への関心は変わったが、旅先での触れ合いで大きなウエートを占める旅館での人的サービスへの期待は変わらないし、むしろ従来に比べて高まった感もある。
これらの傾向に照らした時、消費者の施設や料理へ向ける関心は、旅館経営の面で捉えると、ある意味ではプラス要因と言ってもいいかもしれない。過大な設備投資や高級な食材で競い合う必要性が、実は薄らいでいるからだ。接遇も同様に過剰である必要はない。
だが、ニーズの変化があるにもかかわらず、旅館の対応はそれらとミスマッチの部分が多すぎるようだ。原因は運営手法の硬直化によるところが大きい、と筆者はみている。硬直化を端的に示しているのは、事務職は事務所勤務、フロント職はフロント勤務、そして接客は客室係と言った従来型の人員運営だ。いま、消費性向を捉えながら人的サービスの必要性を語ると、ほとんどの経営者が接客要員の拡充を思い浮かべ、「人件費削減が求められる現状ではムリだ」と結論づけてしまう。これでは、現在のニーズへの対応もGOP確保もできない。
そこで、GOPのアップに向けて人件費を削減する一方で、人的サービスのクオリティを維持(あるいは向上)させる切り札として、社員定数の見直しを提唱している。この社員定数の見直しとは、比喩的に表現すると旅館運営の「ハイブリッド化」と言っていいだろう。ハイブリッドは、ガソリンと電気の2つの駆動エンジンを備えた自動車を指すだけの言葉ではない。本来、2つ以上の異質なものを組み合わせることで、1つの目的を達成することを意味している。省エネを目的にして成功したのが、プリウスに象徴されるハイブリッド車だ。
しかし、ハイブリッド車の場合、2つのエンジンを効率的に制御できなければ、省エネ効果も何ら発揮できないし、むしろ車載重量やスペースを増大させるだけの無用の長物でしかない。成功のカギは、2つの駆動エンジンを運転状況に合わせて、適切にコントロールする制御システムの開発だったと言われている。
ひるがえって旅館の現状を見渡すと、タテ割り機構のそれぞれがエンジンとしての社員を抱えている。そのことは、ハイブリッド化に必要な複数のエンジンが、すでに備わっていることを意味している。例えば、旅館経営での人的サービスの充実を目的と考えれば、接客係を第1エンジン、フロント係を第2エンジン、事務職を第3エンジンと捉え、必要に応じてこれらを組み合わせる構図がハイブリッド化といえる。
そして、ハイブリッド車で成功した目的(省エネ効果)に相当するのは、社員定数の見直しによるGOPのアップであり、成功のカギを握っていた制御システムは、本シリーズで再三述べてきた3階層運営やオールラウンド化による館内運営の仕組みと言える。つまり、旅館に備わっている現状の経営リソースは、発想を変えることで新たな展開へのポテンシャルを秘めている。それを可視化するには、これまでの実績を綿密に再検証することだ。
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