社員定数の見直しは、それぞれの旅館で焦眉の急といってもいい。だが、そこに絶対的な黄金律があるわけではない。実際には、理論値をベースにした「ケース・バイ・ケースの対応」を図ることになる。前5回にわたりケーススタディを紹介したのもそのためだ。また、紹介した事例を総括する前に触れておかなければならないのが、旅館の「個性」についてであり、それを発揮しなければ生き残れない時代になっている。
いま、個性への認識は発想を新たにする必要がある。旅館の3要素は「施設・料理・接遇サービス」であり、バブル時代を振り返ると、3要素すべてで満点を目指した競い合いを繰り広げてきた。その様相は、いわゆる「差別化」の言葉に象徴される。右肩上がりの時代背景では、設備のリニューアルや接遇要員の増強を行っても、相応の単価アップができた。だが、バブル崩壊後の価格破壊は、そうした差別化のベクトルが成り立たなくなり、方向性が混沌としてきた。端的にいえば、「皆の向かう方向に進むこと」で見えていた方向性が、現在は見失われている。
かつて、バブル時代の差別化について「個性化と言う名の没個性化」と言ったフレーズが観光経済新聞に載っていたように記憶している。こうした個性化が「皆の向かう方向」であり、その流れに乗ることが現実的なよう捉えられていた。だが、実は個々の旅館にあてはめると極めて抽象的だった。何をもって個性化とするのかが、奇をてらった目先のハード、経営リソースを際限なく注ぎ込むサービス形態だったりした。そうした個性化を助長したコンサルタントの罪もあるが、それを糾弾したところで始まらない。いま、なすべきことは、「利益を出すのが企業」の原点に立ち返ること。不動産業としてGOPを確保することだと言える。
個性とは、利益が出て経営が維持できることによって、はじめて実体化する。俗な言い方をすれば、バッターボックスに立つ機会を失えばホームランが打てないのと同じで、経営ができなくなれば個性など何の意味も価値もない。そうなると、旅館3要素のすべてで満点をとる発想は、もはや過去のものと言えそうだ。
同様に、個性化が何のために必要だったかの問いもある。その答えとして必ず返ってくるのが「ニーズへの対応」という1フレーズだ。ニーズについては、今後の方向を模索する上で改めて問い直す必要がある。というのも、これまで「ニーズに合わないものは売れない」のセリフが金科玉条のように信奉されてきた感がある。だが、最近の消費者に視点を移すと、自身のニーズを描ききれなくなっている現実がある。物質的に豊かな社会では、より高機能なものや付加価値の高い商品を求める傾向もあるが、消費者がそれらを具体的にイメージするのは難しくなってきている。そこで一般的な商材では、メーカー側がさまざまな機能や付加価値を提示する。いわば、「あなたのニーズはこれですよ」と。最終的にはサイフと相談してチョイスする。この最終段階で、インターネット上の価格比較サイトなどが活用されている、と言った変化がある。
こうした傾向の中で、メーカー側が提示しているさまざまな要素と、かつて旅館が競い合ってきた差別化は、似ている点と異なる点がある。メーカーが提示するものは、
自社の技術や能力など内部的な要素を踏まえて提示しているのに対して、旅館の差別化は外部的な要素によって内部を変えてきた感が否めない。この旅館側の姿勢は、消費者の側からみると個性化が
「どこも似たよう」な没個性化に映っていた。 回りくどい話になってしまったが、消費者自身がニーズを描ききっていないこと、価格比較サイトに頼る(価格志向)ことなどを考慮すると、個性化やニーズへの対応の変革が求められている。極論をいえば、
不動産業としてGOP確保を念頭に、例えば7000円でも「これだけの3要素が提供できる」と運営を再構築すること。その時、真っ先に検討できるのは、社員定数の見直しだ。
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