「儲けるための旅館経営」 その46
GOP増とES向上も目指す

Press release
  2010.8.7/観光経済新聞

実例に基づく社員定数のシミュレーションに入る前に、もう少しだけ基本的な部分を整理しておきたい。というのも、オールラウンド化や3階層運営は、社員定数を減らすプロセスの面だけで捉えられ、結果として労働強化になると受けとめる向きもあるからだ。しかし、これはまったくの誤解でしかない。また、労働環境に潜むムリ・ムラ・ムダの排除を話題にすると、ムダと余裕を混同した反応が少なからず返ってくる。これも是正する必要がある。オールラウンド化や3階層運営は、労働にみあった対価としての賃金を捉えれば、社員の側からみた満足度(ES)の向上につながる。すでに述べてきたように、年間を通した変形労働時間としても、法律に準拠した対応ができる。つまり、雇用と被雇用の両者に「メリットをもたらすプロセス」だと受けとめる必要がある。

また、サービス業としての旅館の原点にも大きくかかわってくる。結論から言えば、オールラウンド化によって全社員が共通の認識や問題意識をもち、サービスの質的向上にも貢献するということだ。

やや唐突ではあるが、オールラウンド化による運営は、アメリカの海兵隊になぞらえることができる。海兵隊員は、先々で事務職の任務が与えたれるとしても、最初は全員が等しく武器の扱い訓練を受けさせられる。どんな状況にも対応できる一定のレベルを全員がもつわけだ。

これを旅館にあてはめてみよう。旅館サービスの原点は、CS(顧客満足)にある。施設と料理、そして接遇サービスの3要素においてCSが満たされなければ、リピートされる旅館にはなり得ないし、客単価も上がらない。とりわけ、従業員が相対する人的な接遇サービスが大きなポイントであることは、改めて言うまでもない。旅館における接客は、海兵隊の武器に等しい。そのときに、海兵隊方式がモノを言うわけだ。つまり、どの部署に配置される社員であっても、入社から一定期間は接客サービスに携わる経験を積ませる。このプロセスには、前述した旅館の「サービス業とは」の答えも用意されている。

仮に接客とは縁の薄い事務部門のスタッフとして採用され、接客を知らずに過ごしてしまえば、「お客さまに喜ばれる」ことで得られる仕事の充実感を味わえない。それ自体は個人の労働観に帰す問題と言えなくもないが、職場における充実感は、視点を換えて捉えれば、いわゆる働き甲斐であり、そのベクトルが前向きなものであれば、結果として好ましい企業風土の形成に関与してくる。

また、そうした基礎素養の裏打ちが、これまでに例示してきたオールラウンド化や3階層運営への移行のでは欠かせない。もちろん、既存の社員に「全員接客係」としての認識をもたすのは一朝一夕にいかない。だが、実情を踏まえた方法論はケースバイケースで考えられる。肝心なことは、発想を変えて第一歩を踏み出すことだ。

さらに言えば、オールラウンド化や3階層運営を展開することによって、自社の商品価値を利用客の反応から直接的に受けとめることができる。例えば、それが予約を受ける部門のスタッフならば、実感に裏打ちされた自信をもって、問い合わせや商品選択に応えることを可能にさせる。調理長から「これは美味しい料理なのだ」と説明されても、自分で「美味しい」と納得した方が自信をもって勧められるし、さらに利用客から「美味しいね」と言われた方が自信はより強まる。

つまり、海兵隊方式で基礎的素養を養い、オールラウンド化や3階層運営で自信を深める構図は、CSとESを高めることになり、しかも社員定数の削減で最終目的のGOPも高めることができる。

社員定数の削減とは、冒頭で述べたように人数を減らして負荷の大きな労働環境を強いるものではなく、いわば、ウィン・ウィン・ウィンの構図を目指したものだと理解すべきだ。その構図を成り立たせるためには、現状の経営数字を詳細に把握する必要がある。