前回は、イノベーションの1例として1000円散髪に注目してみた。それは、従来の理髪業と異なる価値体系で、新たな市場(ニーズ)を形成した点だ。この点を旅館にあてはめながら考えてみたい。
イノベーションでは、技術的な新機軸だけでなく新しい組み合わせ、販売や企業組織のあり方など多面的な要素がからみ合っている。また、市場のニーズを的確に把握し、それに対応させていくことが大前提だ。がだ、それだけでは十分でない。理由は簡単だ。自社の運営実態から捉えた「自社力」に伴うものでなければ、どんな新機軸を打ちだしても実現は難しい。自社力を高める新機軸は、いわゆる「鶏と卵の論」にすり替えられることもしばしばある。現状で利益を出して次のステップへ移るのか、利益を出せないから次の方法を考えて対処するのだと言う不毛な論だ。俗に言う「カネがないから手を打てない、手が打てないからカネを作れない」の堂々巡りだ。
ここで言う自社力とは、旅館ユニシスによって捉えた客観的な数値であると理解してほしい。言い換えれば、カネの有無ではなく、経営リソースの一つであるカネと、残りのリソース(ヒト・モノ)が適正に配分されているかを、数値として捉えたものが自社力だ。
つまり、自社力の数値が運営実態を適正に示していれば、どこに問題や改善への課題が潜んでいるか見当がつく。米国で80年以上の歴史があるホテルユニフォームシステムは、一般に会計基準と訳されている。もう少し掘り下げれば、部門別管理会計と言える。こうした会計基準は、株主に経営状況を明示する上で不可欠だった。一方、日本の旅館は大半がオーナー経営であり、他社と同じ基準で比較する部門別会計などをあまり重視してこなかった。また、情緒をはじめ数値化の難しい付加価値を「伝統と文化」としてきたことから、数値化で割り切れない部分が多かった実情もある。
ところが、バブル崩壊後の価格破壊や価格志向は、外因として他社との比較を不可欠な要素とさせた。自社の目指すサービス提供と市場の価格志向との間で、整合が難しくなったわけだ。例えば、自社としては1万2000円が適正だと想定した価格が、8000円でなければ市場で受け入れてもらえない現実などがそれだ。前段で「市場のニーズは前提だが、自社力が伴わなければならない」としたのは、GOPの創出がからんでいるからだ。自社力が8000円に対応できるか否かを見極めなければ、価格志向には対応できないことになる。
この場合、前述したリソース配分が重要ポイントとなる。端的にいうならば、1万2000円のリソース配分のままで、施設を除いた商品(料理・接遇)の一部を割愛して8000円に帳尻合わせをしても、そのしわ寄せはCSとESに反映されてしまう。そうした形は、価格志向のニーズに対応したものと言えない。商品力の認められない存在になってしまう。
回りくどい表現になったが、管理会計の中身が常に明確でなければ、価格志向への対応もイノベーションもできない。そして、従前のリソース配分のまま部門別管理会計を積算したとき、GOP確保どころかマイナスの数字になるケースもある。だが、企業経営において計数のマイナスはあり得ないことだ。これは、企業をあずかる経理面で初歩の初歩。
さて、前回の稿で例示した1000円散髪は、理髪業のイノベーションだった。注目すべきは新しいサービスの形態と方式で「安かろう、悪かろう」ではなく「1000円+10分」の価値体系で需要を生みだしたことだ。
旅館ユニシスは、部門別管理会計によってリソース配分の実態を明らかにし、イノベーションへ向けた自社力を示す。ヒト・モノ・カネのリソース配分を見直し、新しい組み合わせや企業組織を再構築することは、まさにイノベーションにほかならない。そして、堂々巡りを招いていた「カネがない」などの理由も、リソース配分を変えるだけで解決でき、より高次なイノベーションへの道筋も見出せると知るべきだ。 (つづく)
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