前2回は、旅館ユニシス(旅館ユニフォームシステム)が運営の実態を計数的に「見える化」するツールであること、あるいは日本旅館が生き残りをかけたイノベーションを創造する場合に「見える化」がカギを握っていると指摘した。
今回は、改めてイノベーションについて整理してみたい。イノベーションとは、技術的な面での新機軸だけではない。これまでとは違う新しい組み合わせをはじめ、異なる視点からの考察、あるいは活用法などの発想をも包含している。つまり、製品(商品)の品質や生産方法などの技術面だけでなく、原材料の供給源確保や出来上がった製品の販売、それらにかかわる企業組織(運営)などの経営面にも及ぶ多面的な概念だ。
旅館にあてはめた場合、製品の品質や生産方法にあたる部分が「施設・料理・サービス」であり、経営面が料理原価や日々の運営形態、そして販売面では1泊2食の形態などがそれに該当する。つまり、イノベーションが可能な部分は、運営のすべての部分にあると考えていい。
サービス業でのイノベーションの1例としては、環衛16業種中の理髪業での「1000円散髪」がある。しばしば引き合いに出される話で恐縮だが、ここでの注目点は、一般的な散髪が4000円程度なの対して、何を工夫して1000円にしているかだ。結論から言えば髪を切ることに特化し、従来の散髪に付随した作業を一切省略している。理髪店の散髪では「常識」だった洗髪や髭剃りがない。もちろん、利用者は散髪後を実感するローションの香も楽しめない。極めつけは、掃除機のような吸引機で切った髪を吸い取る処理の仕方だ。
イノベーションとして捉えると、新しいサービスの形態と方式であり、それが新しい需要を生みだしたといえる。1000円ポッキリの価格訴求は、サービス品質で「極端な割り切り」があることを、事前に利用者にイメージさせている。しかし、割り切り部分をマイナスイメージでなく「10分間」という新たな価値でポジティブに印象付けている。それは、従来の理髪店に対して、俗に言う「安かろう、悪かろう」の概念では、サービスを買う側の評価が及ばない「1000円+10分」の価値体系を創出している。イノベーションとは、そうした新しい価値体系をつくり出すことでもある。
視点を変えてみよう。一般的な理髪店の所要時間は、総合調髪でおよそ50分。一方の1000円散髪は、10分で髪を切るだけ。理髪店での50分には、髪を切る前に蒸しタオルをあてて準備し、髪を切った後は髭剃りに移る。ここでも蒸しタオルなどの準備作業が伴う。それぞれの作業は丁寧であり、仕上げ段階では首や肩、顔面などにマッサージも加えてくれる。その間には理容師と客の会話などもある。昔から理美容店は、町の情報ネットワークのカナメ的な存在でもあった。それは、旅館業の情緒性に似た付加価値要素とも言える。1000円散髪は、そうした付加価値要素をきれいに切り捨てた。
つまり、1000円でも利益を弾き出そうとする場合、従来のサービス生産方式をベースにしたままで「どこを減らせば」という発想では、実現性は見えてこない。1つの価値体系は、そこにかかわる多様な要素から成り立っているためだ。前述の理髪店での50分で示した流れの中で、洗髪や髭剃りを抜きにして、客の満足を得られる「散髪」が組み立てるられるか否かだ。仮に、洗髪500円、髭剃り1000円だとして、洗髪や髭剃りのチョイス性にした価格で採算性の成り立つ事業形態は想定し難い。さらに、サービスの品質や生産方式の面だけでなく、経営的に成り立つ仕組みや販売方法が伴わなければならない。市場性やニーズなどの観点につながる。1000散髪はそれまでになかった「1000円+10分」の市場を創出した。
旅館は「ニーズに合う商品」への対応に努めてきた。しかし、多様化するニーズへの全対応はあり得ない。したがって、旅館ユニシスで自社力を見極め、それを踏まえた実現可能なイノベーション創出が、生き残りへの焦眉の急だ。(つづく)
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