「儲けるための旅館経営」 その173
改正耐震改修促進法を考える(下)

Press release
  2013.6.15観光経済新聞

前回は、改正耐震改修促進法の要点を捉えたが、今回は対策を考えてみたい。ただ、前稿で「震災への備えとしては、異論をはさむ余地がない」としたのは、業界の要望する「猶予期間」などに検討の余地があったとしても、流れとしての方向は決まっている。いわば、死活問題を乗り越えるには、流れに棹をさすしかない。抗うことはできないだろうと言うことだ。

本題に入る前に、旅館経営者から耳にした勘違いを正しておきたい。改正法で「15年末」と示しているのは、義務付けた「耐震診断」の時期であって、耐震改修の工事を終えているとするものではない。これまでの報道などによると「耐震診断と耐震改修については、国と地方公共団体(市町村)の補助金制度があるが、全国約1700市町村の約7割が制度を確立しておらず、その場合は旅館ホテルなど事業者にかかる金銭的負担が大きくなる。耐震診断の場合、地方の補助制度がない場合は事業者負担が費用の66%、補助制度がある場合は費用の0?17%になるなど、大きな差がある」といった報じられ方がされている。

精読すれば読み違えることはないのだろう。だが、書かれている補助金制度の内容に強く引かれるのが当然であり、前段に「耐震診断と耐震改修」が併記されていることから、それが「15年末」と結びついて誤認されているようだ。

さて、本題に入ろう。当面の課題は、耐震診断の実施にある。そこで肝心なことは、診断だけでも費用が発生することの認識が前提となる。これは、建物ごとに個別の精密な検査が必要なためだ。建築設計の専門家によると、旅館の建物は「増改築を繰り返した複雑な構造である場合が多く、診断するのにかなりの手間が必要」だと言う。確かに複雑な構造が多い半面、それが伝統的な宿の情緒を生みだしているケースも少なくない。

日本旅館が育んできた文化や伝統と、迫られている耐震を同じ土俵で論じることは難しい。それこそ解決策のない泥沼の議論にはまる恐れがある。また、俗に言う先送りだけでは、何ら問題解決にならない。ただ1点いえることは、何としても旅館として生き残らなければならないということ。それを、どのように実態化させるかだ。

前稿で触れた建築基準法が大改正されて、新耐震設計基準が制定された81年を振り返ってみよう。日本の高度成長が終わり、73年に続く79年の第2次オイルショック不況――戦後の第9景気循環期の不況期の真っただ中だった。その5年ほど後に、温泉ブームや大旅行時代が訪れ、さらに第11景気循環期であるバブル経済が台頭する。好不況の循環はあっても、基調として高度成長期からの右肩上がりが続いていた。法改正で経営負荷が増大しても、下支えする宿泊需要はなんとか維持されていた。

だが、今から22年前の91年3月にバブル経済が崩壊した。その後、ミレニアムの頃に約2年間のITバブルがあった。また、02年からは「いざなみ景気」と呼ばれたが、バブル以降の価格破壊は収まらず「かげろう景気」と揶揄された。業界にとって価格志向の長いトンネルは、未だに続いている。

結論として言えることは、旅館の経営環境に照らしたとき、今回の法改正が内包する経営の負荷を、どう捉えるかが大きな課題だ。かつて経験したことのない異質なものであると認識することが欠かせない。それは、視点を新たにして、健全経営に足る経営資金の確保を大前提にすることだ。経営においてコンプライアンスは不可欠だが、改正法に対しては、当面の診断結果を「耐震改修につなげたい」との意向だと受けとめれば、多少は気が楽になる。避けて通れないが、業界運動で猶予を得られれば打つ手は見出せよう。そして、経営資金については自助努力で確保する覚悟を決める必要がある。この時世、融資を受けるにしても生半可な経営計画では難しい。次回からは、経営計画のベースでもある旅館ユニフォームシステムに戻る。  (つづく)