「儲けるための旅館経営」 その142
複数セグメントへの柔軟な対応

Press release
  2012.9.22観光経済新聞

ある旅館で「単価7000円の大口団体を辞退した」との話を聞いた。いまの時代にあって、それを「もったいない」と思う経営者は少なくないはずだ。確かに旧来の常識で考えれば、そうに違いない。だが、その単価は送客手数料を引いた実質単価で5000円台になる現実がある。ラック・レート(一般的な基準価格)とグループ・レート(団体割引価格)の違いにあてはめた場合でも、5000円の実質単価は同館にとって低すぎた。接客人件費や料理原価などの諸コストを差し引いた利益は、1人あたり1000円にも満たない。それを捨てたわけだ。

経営者の英断とも言えるそうした対応は、最近の経営状態をみると他館で真似るのは難しい。とくに、運転資金の融資などを受けている場合や経営再建途上では、数百万円単位の売上を棒に振るなど理解できない話と受けとめられてしまう。薄利多売と値下げ多売の違いは、売上数字の表面だけをみていたのでは、とうてい分からないからだ。

そこで、1000円にも満たない数字の重みを考えてみよう。通常の平均単価が7000円で経営が成り立っている旅館ならば、それを維持するためのGOP15%が約1000円。だが、通常が1万5000円だとGOPで7%弱でしかない。ただし、これはGOPベースの単純計算であり、販管費や他の要件を加味すると残りはゼロか持ち出しになる。しばしば指摘しているように、高い客から得た利益を低い客に補てんする「貢ぎの構図」がそれだ。

余談だが、高級車を生産している工場に、「仕様はこだわらないので値段が半分以下の車をつくってくれ」と頼んでも、「できない」としか答えは返ってこないはずだ。工場には材料が山ほどあっても、生産ラインがない。ラインをつくるには莫大なインフラ投資が必要だし、ラインをつくらなければ手づくりになる。どちらにしてもプライスが半分以下になることはあり得ない。

旅館と自動車工場の生産ラインを比較するのは乱暴な話だが、1万5000円を基準にハードとソフトを構築している旅館も、工場のそれと類似している。不動産業として素材である客室に「空き」がっても、生産ラインに相当する運用システムが異なる。7000円では運用のソフト面で随所に歪がでる。その歪は、大局的に捉えるとGOPを目減りさせ、前回述べた経営継続の足を引っ張る。

だが、大口団体を辞退したこの対応は、100点満点で及第点であっても「満点回答」と言う分けにはいかない。現行の運用システムに言及していない点が、満点回答を阻んでいる。仮に、あと500円ほど高かったらどうなっていたのか。おそらく、判断を下すのに躊躇したはずだ。つまり、判断の基準が単価の数字に偏っていた。言い換えれば、運用システムへの観点が希薄なのだ。

旅館の運用は、単純なワンセグメント対応では成り立たない。このことは、旅館の経営者なら誰もが知っている。例えば、複数セグメントとして大型の高グレード旅館の実態をみると、1万5000円を平均価格帯とするケースでは、単価の上は3万円から下は8000円までを、これまでも受け入れていた。そうした中で3万円は数パーセントに過ぎず、同様に8000円の比率も低い。したがって、1万5000円前後が6割以上を占めていた。価格帯の上も下も、客層の裾野を広げて多様なニーズに対応する価格施策であったはずだ。

ところが、平均価格帯の6割が5〜3割へと減少し、逆に8000円が1〜4割に増加してきた。低価格帯の増加は本来、当座を乗りきる方便だったはずだが、いつの間にか恒常化してきた。これは、その旅館のラック・レートそのものが変化したことを意味している。一方、運用システムをみると、構築の発想がいまだに旧来の延長線上にある。これでは満点回答は出ない。

3万円でも8000円でも適正なGOPを弾き出せる柔軟な運用システムの構築が不可欠。それに照らして7000円の団体を捉える必要があった。料理運営コストの視点が、それへの回答だ。(つづく)