旅館の経営モデルとしては、販売面で「1泊2食」のビジネスモデルと、運営面で明確に「泊食分離」を図ったマネジメントモデルの2本建てを前回の稿で指摘した。また、前回例示した安売り旅館は、外向けビジネスモデルのみの片肺飛行のようなものであり、日本の宿として本道を歩む旅館は、泊食分離の2つの経営モデルを早急に確立する必要がある。その場合に、マネジメントモデルの第一歩は、本稿で提唱し続けている料理運営コストを基軸にした館内運営の仕組みを構築することにほかならない。
マネジメントモデルの必要性は、感覚的に多くの経営者が理解しているが、現実に自社のモデルとして構築する段になると、一気に暗中模索の状況に陥ってしまう。理由は、大きく見て2つある。第1は、旅館商品が単一価格でないこと。第2は、個性化や差別化が不可欠なこと。そして、これら2つの要素がからみあっていることから、複数の単価とセールスポイントになるはずの個性化要素が、相互に干渉し合って価格政策を難しくさせている。現実を見ると現状の価格政策は、高額客から得た利益で低額客の利益不足を補てんする「貢ぎの構図」を引き起こしている。これではGOPは創出できない。今回は、この2点と販売価格の関係を考えてみよう。
まず、一般論として価格設定のセオリーを簡略に整理しておこう。価格設定には、概ね3つのセオリーがある。第1はコストを積み上げる方式、第2は需要を分析して決める方式、第3は販売政策に合わせた設定方法だ。
この中で第1の方法は、原価に利益を加えて売価を決める方法だ。極めてシンプルな方法で理解しやすいことから、多くの場合にこの方式が採用されている。ただ、この方法は売り手側の理屈が先行している。卑近な例だが、最近の東京電力の値上げがこれに類するようだ。つまり、売る側の理屈でコストを積み上げる方式は、裏返すとコストを削減する意識が希薄になる。売り手市場の場合は通じるが、買い手市場では通用しない。妥当性はともかく、バブル期の旅館の価格もこうした方式の要素が多々あった。多額な設備投資に対しても「これだけ掛けているのだから」と価格設定に反映させてきた。ところが買い手市場になった途端に、その価格が通用しなくなり経営破綻が相次いだ。
第2の方法は、需要を分析して市場に受け入れられる価格を弾き出す方法だ。この場合、市場が受け入れる価格を見定める手法に曖昧な部分が大きい。言い換えれば、「お客さまにニーズ」と言った言葉と価格の整合が難しい。
第3の方法は、政策的価格と呼ばれるもので、短期的に市場のシェアアップなどを狙って打ち出す価格と言っていい。薄利多売でとりあえず注目させる。あるいは、高単価に見合ったハイクオリティで惹きつける場合もある。いずれの場合も、狙い通りに売れなければ大きなダメージを受ける勝負価格といえる。
さて、こうした価格設定のセオリーに対して、現状の旅館の宿泊単価はどのように設定されているのか。結論から言えば、競争原理で第3の方法をとりながら、セオリー的には第1の方法が踏襲されている。それが前述の暗中模索を引き起こす大きな要因だ。そこで、これら3つのセオリーから、それぞれの要素を抽出して逆算的な発想が必要となる。
例えば、「原価」と「人件費」に分類してきた従来の発想に対して、「原価+人件費(諸コスト)」からスタートすること(「コストの総和として食事捉える」=第137回)だ。仮に、1000円(原価)と500円(厨房人件費)で合計1500円だったとする。「1000+500=1500」の数式を、逆から捉えて「1500=X+Y」に発想を換えた場合、XやYはさまざまな数字に可変できる。さらに「1500」自体を換えて「1300=X+Y」の数式にすれば、価格志向の中でも個性の発揮できる価格政策が実現できる。それが「料理運営コスト」を基にした発想にほかならない。(つづく)
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