「儲けるための旅館経営」 その136
コストの総和からコントロール

Press release
  2012.8.11観光経済新聞

前3回の最初の稿の冒頭で「決算書を精査することで、旅館経営のディテールが数字に表れてくる」と述べた。裏返せば、現状の決算書ではディテールが見えていないということだ。これでは、経営に欠かせないPDCAサイクルも回らない。なぜ、ディテールが見えないのか。決算書に表れている数字が、実際の運営現場をタテ割りにしか反映していないからだ。

例えば、前述した決算書の損益計算書(第133回)では、売上高、売上原価、販売管理費の項目が並んでいる。また、販売管理費の計算内訳(同)でこれにかかわる人件費が計上されている。そして、今回の主眼である売上原価(製造原価報告書)では、@材料費A労務費B経費が項目の柱になっている。当然だが、ここにも労務費(給与、賞与、法定福利・厚生)がある。販売管理費と売上原価での人件費のあり方は、まさにタテ割り組織の姿を示している。一般的な製造業などでは問題となるものではないが、旅館業としては多くの課題が潜んでいる。

それはさておき、マルチタスクによる運営の1つとして、繁忙期に事務系社員が接客に回るのをはじめ、他部署の作業に従事する運営手法を提案すると、多くの経営者は「すでに実施している」と答える。所属する部署でのタスクを越えて、マルチに対応する形を暗黙のうちに培ってきた旅館の特殊性と言ってもいい。それが、他業種と旅館業の運営上の大きな違いだ。構造としては、そうした実態は認められるが、運営の仕組みがそれに伴っているかは、はなはだ疑問だ。この点は、すでに何度も記しているので詳細は割愛する。ここでは、こうした現実があるにもかかわらず、前記の販管費と売上原価では、その実態がまったく読み取れない。ディテールが見えてこない。

これまで示してきたように、旅館では人件費の削減(社員定数削減)が「クオリティを維持できなくなる」との考え方から、結果として現状では人件費が経営を圧迫する最大要因になった。そこに1つの矛盾がある。前段で、マルチに対応する形が他業種と旅館業の運営上の大きな違いだと指摘したように、実際には多くの旅館でマルチタスク化している。その実態を明確に認識し、対応する仕組みを構築する前段の状況は整っている。だが、そうした運営のディテールが計数管理の面で把握できていない。したがって足踏みを続け「これ以上の削減や合理化は…」と言う常套語に終始することになる。

さて、現在の旅館経営では人件費の削減が焦眉の急であり、筆者としては「人件費20%シーリング」を提唱してきた。この人件費とは、もちろん社員定数そのものを前提にした全体としての捉え方だ。前回の稿で若干触れたように、「売上−(売上原価+販売管理費)=利益」の発想が背景にある。つまり「売上原価+販売管理費」と示した部分は、マルチタスクを意味している。

この売上原価と販売管理費を合算したものから、減価償却や管理費をはじめ純然とした販管費項目を除外すると、旅館商品の総体である出迎えから食事提供、見送りに至る一連の流れのなかで費やされる「コストの総和」が見えて来る。問題は、そのコストの総和が売上の何パーセントを占めるかだ。それが、売上原価としての許容量でもある。

ただし、許容量の想定は、総売上ではなく平均客単価に左右される。計算上の理論値としは50%以下と弾き出せるが、これがすべての旅館にあてはまる黄金律ではない。平均客単価7000円程度で50%を想定してしまうと、販管費や投資返済、GOPなどが出てこなくなる。

この課題を克服するのが旅館の実情に合わせたマルチタスクにほかならない。コストの総和を想定し、それに見合った運営手法を構築することで問題は乗り越えられる。それがマルチタスクであり、その機能を発揮させるには、これまで指摘し続けてきた構造と仕組み、そして対応する社員の力量アップを主眼に、経営者自身が研鑽を重ねることだ。(つづく)