「儲けるための旅館経営」 その135
旅館総体で捉えるコスト削減策

Press release
  2012.8.4観光経済新聞
前回は、旅館業界での原価率と売上原価を側面的に捉えた。この2点にこだわったのは、「売上原価(製造原価)を基軸にした決算書づくり」において、売上原価が発想の出発点だからだ。

企業の利益構造は、極めてシンプルに言えば「売上−売上原価−販売管理費=利益」と捉ええられる。前回記したように、売上原価が小さければ小さいほど、会社の儲けは大きくなる。したがって、利益を出すために売上原価の低減に努めることになる。例えば、製造業ならラインや仕入れ、飲食業なら原価率や接客密度などの見直しによって売上原価の低減を図る。その場合、製造作業員や接客要員などの人件費、あるいは製造する製品の原材料費の低減で肝心なことは、それが「どの部分で、どのような結果」となって表れるのかを、計数的に想定しなければならない。それをしない人員削減や原価率の低減は、その場しのぎであり、結果として企業の業績を悪化させる。

過去の事象を振り返ると、リストラクチャーは解雇と同義語のように扱われ、人員削減だけが生き残り策のように捉えられた。だが、リストラクチャーは構造を再構築することであり、同時に構造を変えた抗力の先を見極め、それに対処するための仕組みの構築が不可欠なことを、後に襲ってきた一層の業績悪化が反面教師として教えた。旅館の場合は、「クオリティを維持できなくなる」との考え方から、極端な人減らしには歯止めがかかったともいえるが、同時に人件費が経営を圧迫する最大要因にもなった。

では、旅館における売上原価とは何か。旅館で言い慣わされてきた原価率は、売上原価の中の1ポーションに過ぎない。結論から言えば、出迎えから見送りに至る一連の流れのなかで費やされる「コストの総和」と捉えることが基本となる。分かりきったことだが旅館の商品は、接客サービスと食事提供、そして癒しの浴場、寛ぎの客室など、飲食業と不動産業が融合したものにほかならない。いわば、提供するすべてにかかるコストが売上原価として捉えられる。そうなると、コストの全体像を捉える上うでは、1泊2食のビジネスモデルが実態に即している。ただし、前回も記したように経営の計数管理では、泊と食を分離する。

さて、不動産業と飲食業の融合した旅館商品は、極めて多面的な様相を示している。例えば料理運営では、大まかに捉えただけでもメニューの作成に始まって、材料の発注、検品、下ごしらえ、調理、盛付、輸送、配膳、給仕、下膳、洗浄、収納など幾つものパーツが組み合わさって「料理提供」という旅館商品の一角が形成されている。そして、各パーツでは事務をはじめ板前、接客、裏方など社員やパートが複雑にからみあっている。また、多面的であることが多くの部署を必要とし、多くはタテ割りの組織形態になっている。一見すると当然のようだが、前段で示したコストの総和として捉えるには、部署単位でなくもう一段上の見地から全体として見直す必要がある。

それは、旅館のコストの大半が、提供する商品づくりに費やされているからだ。売上原価を引き下げるには、タテ割りの垣根を取り払い、全体を1つとして組み替えることで新しい方向を見出すことだといえる。この場合、前述した一般的な「売上−売上原価−販売管理費=利益」の構図ではなく、誤解を招く恐れもあるのだが旅館では「売上−(売上原価+販売管理費)=利益」と言った発想が求められる。

例えば、販売管理費で給与や賞与などの人件費が大きなウエートを占めているが、一方では部署としての人員削減が限界にきているジレンマがある。しかし、販管費と売上原価の垣根を取り払い、タスクのマルチ化を図るとどうなるのか(「構造と仕組みの整合がカギ握る」第130回参照)。

つまり、全社的な枠組みとして捉えると、コストを売上原価に集中させる発想によって、販管費に占める人件費の意味合いを変え、総体としてのコスト削減を図る。それがマルチタスクだ。(つづく)