「儲けるための旅館経営」 その134
製造原価と原価率の違いを認識

Press release
  2012.7.28観光経済新聞

前回は、製造原価を基軸にした決算書づくりへ向けて、@売上原価とA販売管理費のうち、販売管理費をフォーカスしてみた。今回から3回は、主眼とする売上原価を捉えてみる。極めて初歩的な話で恐縮だが、一般に売上原価とは、商品の仕入れや製造にかかるコストのことであり、当然ながら売上原価が小さければ小さいほど、会社の儲けは大きくなってくる。

本題を述べる前に今回は、旅館業界での売上原価の捉え方を概括しておこう。バブル崩壊後に価格破壊が始まり、日本中の一般企業はもちろんのこと、旅館業界にもリストラの嵐が吹き荒れた。リストラがコスト削減のためであったことは、改めて述べるまでもない。肝心なことは、売上原価に対する認識の仕方だ。売価に対して何パーセントが、売上原価としての許容量なのかが、現実場面で適正に位置付けられていなかった節がある。もし、最初から許容範囲などの発想がなされていれば、価格志向の圧力が高まるなかでも、適正なGOPを確保することは可能だったはずだ。さらに言えば、旅行や旅館宿泊が国民のナショナルプレジャーになり始めた後、オイルショックなどの危機的状況があったにしても、概ね右肩上がりの拡大路線を、旅館業界は歩んできた。

言い換えれば、売上原価が多少高まっても、売上の増大分で吸収できる範囲のものだった。これに対して価格破壊に始まった低価格志向は、ある意味で経験したことのなかった新しいビジネスモデルの創出が求められていたと言える。俗な言い方をすれば、アバウトな計数認識や管理手法の通じないビジネスモデルだ。しかし、それが未だに見出されていない。このことが第1の問題点と言える。

もう1つは、旅館業界で言い慣わされてきた「原価率」の捉え方がある。例えば、バブル時代には「うちは原価率が25%だ」といったセリフが、営業場面で普通に語られていた。そのときの原価率とは、食材の原価そのものを指していた。確かにそれだけの高い原価率であれば、単価に見合った(それ以上も含め)料理を提供できただろう。余談だが、今日の外食産業では、原価率30%が平均とされている。回転ずしの人気が高いのは、原価率40%以上がざらにあるのも一因と言われている。

それはさておき、こうした原価率の捉え方は、旅館経営に馴染むのか否かだ。少なくとも今日の旅館経営においては、原価率の言葉に惑わされてはならない。例えば、泊食分離を考えてみよう。消費者が思い描く旅館のイメージと、日本旅館として培ってきた伝統と文化を、提供するサービス形態で表出しようとすれば、1泊2食1万円以下では限りなく不可能に近い。旅館が装置産業として不動産部門で収益を確保するには、最低でもビジネスホテル並みの宿泊単価が必要だ。建築コストほかイニシャルコスト全体を勘案すれば、当然ながらビジネスホテル以上になる。

一方、消費者が食事を通して非日常的な感動が得られる外食先を想定してみると、消費の平均単価は5000円前後とされている。ビジネスホテルに泊って、それなりの満足が得られる夕食をとった場合、軽く1万円は超えてしまう。それを泊食分離で泊と食の個別表示と分離選択が可能だとしたら、消費者にも旅館にも満足のできる姿は、決して浮かんでこない。消費者が家の寝室と比べて「寝るだけでこの値段か」、普段に行っている居酒屋に比べて「この量や品質でこの値段か」などの声が、当然ながら出るだろう。そこに旅館の理屈は通用しない。

つまり、永年培った1泊2食のビジネスモデルは、旅館にとって理想的なモデルであるといえる。ただし、計数管理では泊と食を明確に分離する。それが旅館の考えるべき泊食分離であり、不動産産業と料飲業を融合させた旅館業の鉄則だ。筆者が室料と料飲運営の2カテゴリに大別して論じているのも、実はそこにある。その妨げになっている要因の1つが原価率であり、売上原価の再認識を必要とする理由でもある。(つづく)