本稿では、マルチタスクの意味や仕組み、それによる効果などについて述べてきた。視点を変えて、経営者が捉えておくべき計数管理、とりわけ諸帳簿類に目を向けてみたい。
まず、製造原価を基軸にした決算書づくりが、これからの旅館経営では欠かせないと筆者は考えている。なぜ、そうした着想が必要なのか。答えは、極めてシンプルだ。決算書を精査することで、旅館経営のディテールが数字に表れてくるからだ。経営では結果を絶えず解析して、そこに潜む問題点を是正していくことが必須とされている。いわゆるPDCAサイクルが重要なわけだ。
余談だが、そうした決算書のフォームを想定し、科目の呼称を概ね踏襲しつつ、科目の範疇に若干の変更を加えても、専門家の見解としてとくに問題点は出てこないとの判断も得ている。もちろん、現実化するにはさらに検証する必要もあるし、なによりも旅館業界全体にかかわる課題として、実態をより反映させるために英知を結集する必要がある。
話を戻そう。決算書に新たな視点が必要ということは、現状に問題点がある。解析すべきディテールが見え難い。無理に読み込んでコジツケを行っても、核心部分を逸脱する可能性がある。極端な場合は、見当違いの是正策を講じることで、結果をさらに悪化させる懸念もある。
一般論として言えるのは、経営のディテールが見えてくると、GOPが的確に把握できる。企業は何のために経営するのかといえば、利益を得るためにほかならない。そこに、GOPがある。今さらの話と思われるかもしれないが、GOPとは、減価償却、利払い、税引き前の営業粗利益のことだ。それを表した一般的な決算書の中で損益計算書を見ると、経常損益の項目として@売上高A売上原価B販売管理費及び一般管理費C営業外収益D営業外費用――などが並んでいる。極めて乱暴な言い方だが、売上高から売上原価を差し引き、さらに販売管理費を引くと、概ね利益の輪郭は見えてくる。
ただし、これは一般的な企業活動の場合であって、旅館経営での利益把握は、現状の決算書では難しい。経営環境が厳しさを増す中で「可能な限りのコスト削減を図ってきた」と多くの経営者は口にするが、経営改善はいまだ途上にある。そうした状況を辛辣に言えば、計数管理において読み取るべきものが、ほとんど読み取られていなかったことを物語っている。
なぜ、そうなるのか。問題点は、売上から差し引く「売上原価」と「販売管理費」の2項目に潜んでいる。売上原価は最重要項目だが、その前に販売管理費を簡単に捉えておく。この項目では、販売や事務にかかわる人件費、役員報酬、賞与、法定福利厚生、減価償却、事務用消耗品、通信交通費、水道光熱費、租税公課、接待交際費、保険料、備品・消耗品費、管理費、貸倒償却、雑費などが計上されている。
当然の項目を列挙してみたが、この中で最も大きなウエートを占めるのが給与と賞与などの人件費だ。したがって、他の部分でコスト削減を図っても微々たるものでしかない。年間1万枚のコピーを半減させた、あるいは事務所の電気を小まめに切ったところで、言葉は悪いが焼け石に水でしかない。社員総意で自発的に行われる節約や節減は必要だが、一方で職場環境をメンタルな部分で委縮させる逆効果も否定できない。
問題とすべきは、給与や賞与への対応であり、いわば人件費対策だ。これについては、すでに何度も紹介してきたように「これ以上の人員削減はできない」と言う現場の声と、それを受容する経営者の姿勢に問題がある。バブル期の後は、確かにリストラも進んだ。従来の社員定数に対して、必要最低限にまで絞り込んだ旅館も少なくない。それ自体は否定しないが、構造と仕組みを変えてきたか否かには、疑問が多々ある。
マルチタスクを必要とする大きな要因が、そこにある。これは、経営者の意識改革に負う部分でもある。(つづく)
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