「儲けるための旅館経営」 その132
原価とは何かを改めて問い直す

Press release
  2012.7.14観光経済新聞

原価とは何かを改めて問い直すいま、提唱しているマルチタスクは、室料収入の確保を最終の目的だ。室料収入とは、とりもなおさず適正GOPを含んでいる。旅館は1泊2食の利用形態が原点であり、極めて乱暴な言い方をすると、その中での食(料飲部門)は、泊(不動産部門)の利用を促すコマセと言ってもいい。バブル経済期には、食と泊のダブルチャージで大いに潤ったが、もはやその再来は考え難い。そうした中で泊食分離は、あたかも利用者のニーズであるかのごとく議論の場に俎上されてきたが、旅館は都市ホテルとは違う。「館外でお好きな食事を」と言える立地環境の旅館が、いったいどれだけ数えられるのか素朴な疑問もわいてくる。

つまり、旅館の原点は1泊2食に帰結する。問題は、差別化へ向けたコマセであったはずの食が、価格志向の強まる中で泊の足を引っ張る最大の要因になったことだ。これは、昨今の消費税問題で問われている逆進性に通じるものがある。低所得者ほど税負担の「率」が大きくなる。額面ではなく、負担率の面に目を向けなければならない。低所得を旅館の低価格にあてはめてみると、例えば売上100万円に占める人件費率が30%だとして、額面は30万円となる。ところが、売上が70万円に落ちた場合の額面30万円は、実に売上の43%を占めることになる。人件費率が30%から43%に一気にアップしたのに等しい。経営が右肩上がりだった時代、差別化の名の下で人手をかけたサービスに走ったとしても、売上高が上がれば人件費の率は下がっていた。高所得であれば、固定された人件費として当然の結果だ。

現在の低価格化の状況は、旅館業として経営の原点、とりわけ数値認識の根幹を考えるときにきている。否、すでに再考しなければならない時代に入ってしまっている。例えば、売値から原価を差し引いたものが利益となる。分かり切った話だが、では「原価がどれだけかかっているのか」との単純な問いに、どれだけの経営者が明確に応えられるのか。前段で低価格化は人件費の率を高めていると指摘したが、原価には材料費だけでなく加工賃(厨房人件費)も当然含まれている。そして旅館の場合は、宴会場であっても客室であっても、一連の料理提供に必要なサービス人件費も含まれる。それだけではない。食事のあとの下膳から洗浄、翌日のために行う整理や準備までもが「原価」として捉えられる必要がある。

こう考えてくると、一般的な経理科目によって経営数値を把握したつもりでも、実態と乖離していることは想像に難くない。筆者は、かねて「室料」と「料理運営コスト」の2大科目分けからGOP確保の発想を展開してきた。冒頭の室料確保がなされていなければ経営は成り立たないからだ。

そこで旅館の人件費を「マルチタスクによる最終人件費イメージ」(下図)として改めて捉えると、現状の総和(同左側)が130なのに対して、マルチタスク(同右側)では60で済んでいる。サービスビリティーは共に50であり、提供するサービスの質は変わらない。タネ明かしをすれば、ポイントは部署のタテ割りで固定化されていた人件費を、部署を超えてマルチに運用することで固定の壁を破ったことだ。

ここで肝心なことは、人件費を料理運営コストの視点から捉え直すことだ。料理運営にかかわる構造と仕組み、それと力量に基づくマルチタスク化は、現在の低価格の時代を乗り切る体力を生み、次のステップへ向かうカギといえる。(つづく)