「儲けるための旅館経営」 その131
経営に潜む問題点を冷徹に把握

Press release
  2012.7.7観光経済新聞

現在の稿で書きすすめているマルチタスクは、日々の運営にかかわる構造と仕組み(システム)、それに作業者と監督者の力量がからみあって全体を構成している。これら3つのファクターのどれか1つに不都合があれば、基本的な発想に間違いがないとしても効果を上げるのは難しい。そうした観点から、改めて整理をしておこう。

旅館では、仮に1日に300人が宿泊した場合、その日の総売上が300万円以下で終わる日もあれば、600万円以上に達する日もある。単純に言えば、平均客単価が1万円か2万円かの違いを表しているだけだ。これについて改めて説明するまでもない。団体やコマ客の比率、旅館にとってほしい客層の比率、さまざま要素が好ましい方向で合致したときに600万円になる。

ここで問い直さなければならないのは、そうした日々の変動に一喜一憂して、根本的な問題点がおざなりにされていることだ。もう少し辛辣に言えば、売上の多寡にかかわる直接的な問題点には関心が向けられるものの、何がそうした結果に結びついているのかを問題視すする視点に欠けている。いわば、問題にすべき視点への意識が、実体と経営で整合していない。

例えば、良かった点も悪かった点も、それを冷徹に捉えて解析する姿勢が、実体と経営を整合させる上では欠かせない。良かったから問題点が皆無とは言えないし、悪かったことは改善へのヒントを多分に潜んでいる。だが、灯台もと暗しではないが、日々の経営に真剣であればあるほど、一喜一憂が励みの原動力になっていることも否定できない。そこに盲点がある。冷徹に解析するのが難しければ、最近注目されているチェック形態の1つである「第三者委員会」のような機能を、何らかの形でもつことも経営改善においいて一策といえよう。

余談だが、身体の不調を訴えて病院の外来へ行くケースを、第三者(医療の専門家)による解析と考えてみよう。病院では、医師による問診の前に、日常生活習慣に関する調査票に記入させられる。実際に「どこが、いつから、どのように痛むのか」を聞かれるのは、調査票を記入した後だ。そうした問診の際に、「この辺りが、1月ぐらい前から、なんとなくシクシク…」と曖昧な回答しかできなかった経験は、多くの人が思い当たるだろう。自分の身体でありながら、正確には把握できていない。医学の知識が乏しいと言えばそれまでだし、そのために病院があり医師がいる。

一方、家庭の医学ではないが、にわか医師気どりの生半可な知識で対処し、見当違いの対応で病状を悪化させるケースも少なくない。極端な例とも言えるが、高血圧を患っていた知人が、テレビのそうした医学もどき番組を見て、酒粕が万能の治療薬のような印象を抱いた。そして3カ月間以上も、毎日酒粕を欠かさずに食べたと言う。結果は、高血圧が改善されるどころか、新たに糖尿病を発症した。以来、酒粕とは縁を切り、医師の指示に従って日常生活の改善取り組んでいる。笑うに笑えない話だが、冒頭の問題点への認識につながる話だ。

蛇足だが、調査票や問診は患者の「常の状態」を把握するための基礎中の基礎であり、家庭の医学的な対応は、門外漢のいわゆる「いいとこ取り」に譬えられる。我田引水ではないが、筆者が経営改善へ向けて予備調査を行い、それに基づいて改善計画を策定するのは、病気の原因が個々に異なるのと同様に、改善計画は立地条件や客層(平均単価に照らしたグレード)、ハードやソフトの展開状況などが旅館によってそれぞれ違っているからだ。基本的な発想は完璧でも、それは決して黄金律ではない。個々の状況に照らして組み立てていかなければ、実効とはほど遠いものになってしまうと自身を常に戒めている。海面に浮かぶ氷山だけを見ていては、タイタニックの悲劇は繰り返されてしまう。

マルチタスクとは、そうした意味で構造と仕組み、力量をトータルに捉えるものであると再認識してほしい。(つづく)