「儲けるための旅館経営」 その129
マルチタスクは三位一体の改革

Press release
  2012.6.23観光経済新聞

旅館の日常業務では、平準化のできない作業が3つある。それは、来客への対応、かかってきた電話への応対、それと宿泊客の食事時間だ。これらは相手のある対応であり、旅館側で決めつけることはできない。経験則から予測ができるとの考え方もあるが、その通りにいかないことも多いし、予測に反する事態に遭遇すると混乱が生じる。そこで、必要接客要員を必要以上に抱える「余裕」の発想が長い伝統のなかで根付き、その分の人件費が肥大している。最悪なのは、必要以上の人員を抱えても、それらを適正に運用するバックアップ体制の仕組みが整備されていないために、人手はあっても十分に機能していないことだ。

これらを解決するのがマルチタスクによる構造と仕組みの変革だ。本題に入る前に平準化できる部分に目を向けておこう。上記3点以外の作業時間は、大なり小なり平準化できる。例えば、会計業務は午前11時ごろに締めて昼までに銀行へ入れるとする。作業時間は限られているが、平準化することで時間内に処理できる仕組みは作れる。布団敷きも短時間で済ませなければならないが、これも同様の考え方で対処できる。

つまり、作業の平準化をできるものとできないものを精査し、平準化できない作業についても、「社員で対処できる体勢」に組みかえることで対応する。これが、社員総数を弾き出す根底になる。そうした社員総がかり体勢を作り上げる基本的な発想が、マルチタスクの原点だ。

マルチタスクの第1は、接客部門のうちでフロント、売店、ラウンジなどを一本化すること。これは、客動線に合わせたマルチタスクだ。第2は、事務部門の接客化だ。これは、必要接客人員が不足する時間帯に、事務部門が接客に回ること。事務量を精査してマルチタスクを実行する(前回128回参照)。第3は、厨房作業を食事や宴会時の接客演出に振り向ける手法だ。

マルチタスクを実行することで、社員数は減少する。レイトチェックインや電話対応など必要最低人員の確保も念頭に置いておく一方、施設や夜警の要員は、昼間の裏方業務にも対応できるような時間配分のシフト化を図る。

こうしたマルチタスク化に取り組みによって、105人で回していた100室規模の旅館が85人に削減した実例がある。約20%の社員減だ。社員定数の削減は、GOPに直接かかわってくる。従前のGOPは1ケタ台だったが、新体勢では健全経営の15%ラインを上回っている。マクロ的には「人件費20%シーリング」(第123回)への道を歩みはじめている。目指すのは35%程度を削減した70人体勢だ。

社員定数をそこまで削減することで、CSやESへの影響は出ないのか。俗な言い方をすると、余裕がなくなってギスギスした対応への懸念とも言える。そうした素朴な疑問に対する答えは、70人体勢にしても20%程度の余力があると言うことだ。

この余力は、どこから生まれるのか。答えはシステムを変えるとにある。これは、3つの視点で捉えなければならない。筆者がこれまで指摘してきた構造で変える、仕組みで変える、力量で変える――と言う三位一体だ。構造で変えるとは、例えばフロントの5人体勢を2人体勢にして、不足分を接客係が埋める構造の転換だ。仮に7〜8人の接客係が加われば10人を超す体勢になり、CS向上への効果は大きい。ただし、接客係が行っていた備品準備などの諸作業は、誰かが行わなければならないわけで、館内運営などの他部門と連携する仕組みが必要になる。それが整わなければ、構造を変えても仕組みとして動かすことはできない。

さらに力量の問題がある。それぞれの業務は、常に一定の力量が必要であり、これにはトレーニングが欠かせない。ただ、しばしば指摘しているように、すべてに全国大会のハイレベルが求められるわけではない。場面に合わせたレベルから順応させていくのも、トレーニングの1つのセオリーだ。方法としてスーパーバイザーによる対応もある。これらを駆使するのがマルチタスクだ。(つづく)