価格志向の強まりに伴って宿泊単価が下落する一方、固定要素の強い人件費が経営をじわじわと圧迫している。一般に言われる人件費とは、@給与賃金諸手当A賞与(引当金繰入)B福利厚生費(法定福利費含む)C退職給付費用(引当金繰入)を合算したものとされている。また、人件費率は「人件費÷売上」の数式で算出される。これは、企業の会計を考える上で極めて初歩的なものだ。
また、前回の稿で「客単価VS対応客数別人件費率」を示したが、接客係1人の客対応数を捉えることで、マクロとしての社員総数と総売上の関係である「人件費÷売上」の数式と、結果は符合する。指標としての数値も整合する。
したがって「料理運営コスト」では、この人件費率を重視している。中小企業庁ほかが調査したデータによると、旅館業の人件費率はおおよそ30%となっている。これに対して筆者は、前3回の稿で人件費率の「20%シーリング(最高限度)」を提起した。では、そこでの人件費とは、あるいは人件費率は、一般的な捉え方と異なるのか。結論から言えば、人件費の捉え方も人件費率の算出方法も、当然のことながら基本的に一般と何ら変わるところがない。
ただ、旅館の運営形態を改めて捉えると、人件費の対象となる作業員個々の日常業務の範疇が、他業種と異なる点がある。一般的な生産ラインや流通ラインは、いわゆるタテ割りの運営に都合よくできているが、旅館のラインはそれと異なる。大別すると接客ラインと生産ラインがある。しかも2つのラインは、時系列として縦断的に並行して進むだけでなく、時に交差もする。こうした業務内容を、タテ割りとヨコ割りのウェブ(クモの巣状)と捉えることで、人件費率は大きく変わってくる。それが、マルチタスクを必要とする要因であり、その効果を顕著に発揮させられる業態の1つが旅館業と言っていい。
人件費の面から旅館の業務を大まかに区分すると、A群(フロント・売店・事務所)、B群(接客)、C群(調理場・施設・館内運営)が、それぞれ3分の1ずつになる。従来のタテ割り主義で現状を捉えると、多くの旅館ではA〜C群がそれぞれの群内で目一杯のスリム化を試みている。いい換えれば、タテ割り3分割の各現場で「これ以上の人員削減は不可能だ」との声の上がるレベルに達しているはずだ。とりわけA群やC群は、削減の余地がないと考えられている。削減をさらに実施するとすれば、B群で接客の濃度を多少引き下げる程度しかないと思われてきた。結果として現状の人件費コントロールは、全体の3分の1でしかない接客部門で最後の抵抗を試みている。ここに問題の根源がある。
例えば、計算の便宜上3分割のそれぞれが30人で総数90人の社員定数と仮定し、そのうち接客30人の2割6人を削減したとしよう。接客部門にとって2割減で従来のクオリティを維持しようとすれば、接客要員への労働負荷は単純に2割増になってしまう。1日8時間労働として、1時間半以上の負担増だ。ただし、これは計算上のことであって、現実には現状の8時間以内で、従来どおりの接客を行わなければ意味がない。今日なすべき接客を明日に持ち越すことはできないからだ。旅館は今日の客室を明日売ることができないのと同じであり、改めて説明するまでもない。結果として労働力の限界を超えることになり、現状の接客クオリティの一部ダウンもやむなしとする答えが出る。日本人的な精神論で「頑張ろう」としても、持続は期待できない。しかも、接客でギリギリの2割削減を果たしても、社員定数全体から捉えた削減効果は、1割に満たない7%弱でしかない。
そうした現状の打開策は、業務内容のウェブ状に着目したマルチタスクだ。ただし、作業者のタスクをマルチにするだけでは意味がない。実情に沿った運用システムとして再構築することが、人件費率を下げるカギなのだ。(つづく)
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