「儲けるための旅館経営」 その123
人件費20%シーリングの時代に

Press release
  2012.5.12観光経済新聞

前2回は、経営リソース(ヒト・モノ・カネ)配分の観点から、接客にかかわる人件費の関係を捉えた。これは、健全経営の維持を大前提に、宿泊単価の中からどれだけの金額を直接的なコスト(料理運営コスト)に配分できるかを考えたものだ。要点を整理すると、売上(客単価)に対して、概ね次のようなリソース配分になる。販売管理費や償却・返済、そしてGOPを除いて料理運営コストに配分できる金額は、高めに見積もっても50%以内でなければ健全経営は持続できない。単価1万3000円だと6500円が料理運営コストだ。その中から原材料費や諸費用を除くと、接客人件費としてのリソース配分は3600円強になる。チェックインからチェックアウトの間に、直接あるいは間接的に8時間の接客(アイドルタイムを含む)を想定すると、1時間当たりの配分額は450円でしかない。一方、接客要員の1日あたり人件費は、法定福利を含んだ平均が1万2000円となっており、法定の8時間労働で時間単価を算出すると1500円になる。

これらを前提に客動線に合わせてシミュレーションすると、1組の客を出迎え、客室へ案内をして呈茶までの1連の流れは、必要な時間としておよそ15分程度が想定される。料理運営コストでの1時間あたりのリソース配分450円は、15分に換算すると110円強になる。つまり、お客1人に対して15分間で110円の接客コストがかかっている計算になる。一方、接客人件費の15分換算は375円で、お客が1人であっても4人でも、375円は変わらない。したがって、1組1室で3人強の利用であれば、この流れでのリソース配分と人件費は整合する。ただし、これらは理論値のミクロの世界であって、チェックイン時間の集中やアイドルタイムをはじめ、シーズンや曜日波動による繁閑など、実情に即したマクロの要件を加味しなければならない。肝心なことは、わずか15分の時間であっても、相応のコストが費やされており、それが単価と密接に連動する点を認識してもらうための例示と理解してほしい。

今回は、これらを踏まえて人件費そのものに着目する。かつて、旅館業界には「人件費3割」といった大雑把な指標があった。そこでの3割はシーリング(最高限度)でなく、近づける努力目標のようなものだった。頭数合わせから人材へと求人対象を変化させる時代背景も事情としてあった。古き良き時代はさておき、現在この3割指標では、経営はまったく成り立たない。大胆に言えば「人件費20%シーリング」を、筆者は提言したい。

これまでの一般的な捉え方は、人件費抑制がクオリティ低下を招き、それが客数と単価の低下につながるマイナスのスパイラルが強調されてきた。これに対して筆者は、オールラウンド化を柱に運営の仕組みを変えることで、人件費を大幅に抑制しても逆にプラスへのベクトルが生じると提起し続けている。さらに、実績を積み重ねることで仕組みをより効率化させる次の設備投資が可能となる。そうした設備の刷新は、プラス効果の加速につながる。これは、絵に描いた餅ではないし、単なる数字のマジックでもない。

現状で好実績を上げている旅館をみると、オールラウンド化が効果を発揮している。もちろん、GOPは確実に15%を超えている。詳細リポートは別の機会に譲るが、こうした仕組みは、経営側のソロバン勘定だけに終始したものではない。CSやESを向上させようとする発想が根底にあって、初めて成り立つ。人件費抑制だけが目的で労働強化につながるものであれば、結果は従来のマイナス思考と変わらない。

誤解してならないのは、前述の「人件費20%シーリング」が経営目標とは違うということだ。企業の目標はGOPを上げることに尽きる。目標達成の手段として全社員オールラウンド化の仕組みを構築すると、その結果として人件費が軽減される。仕組みを変えずに人件費だけを軽減する虫のいい話はない。(つづく)