昨年の東日本大震災から、あと1カ月余で1年になる。大災害の爪跡はいまなお癒えていないが、それでも特定の地域を除くと回復基調にあるようだ。観光旅行と温泉での旅館宿泊は、日本人の「癒し」に欠かせないものであり、復興への原動力の1つになっていると考えてもいいだろう。といっても、旅館経営の現状を捉えると、全国的に厳しい状況であることに変わりはない。リーマンショックの落ち込み前の状況に戻るには、あと2年ぐらい必要だと思う。その意味でリーマンショックや自然災害は、旅館経営においてGOPを確保するマネジメントの必要性を、ある意味で教訓として教えたのかも知れない。
かつて、バブル期についた肥満体質の改善を提唱した時期があった。当時の肥満体質は徐々に改善されてきたかの感もあるが、もっとも根源的な部分で肥満の因子が生き残っている。端的に言えば、GOP確保に必要な意識改革を、その因子が妨げている。言葉を換えれば、「これ以上のスリム化では品質を維持できない」との思い込みだ。そこには、旅館の伝統的な「常識」が息づいている。この常識を変えない限り、GOPアップは難しい。
逆に、常識を変えて運営手法にメスを入れ、手始めに「人の動き」を変える。これには新たな投資が必要なわけでない。いわゆるオールラウンド化のマネジメントを完成を目指すことだ。結果としてGOPは確実に上がる。
例えば、昨年同期に100人強で運営にあたっていた約100室規模の旅館が、現在は1割以上減員した体勢に変わっている。人件費で捉えれば数千万円の減額をした。その額がGOPに反映されて、経営体質を強化した。しかも、サービスのクオリティは、昨年同期よりも確実に上がっている。お客のアンケート評価の高まりが、そのことを如実に示している。それらによって、次のステップへ向かう融資を引き出すことにもつながった。
上記の事柄は、実際の融資計画書の作成を思い浮かべると分かり易い。「この投資ができれば」を前提に、結果として「こうなるはずだ」と計画書をまとめる。言葉は悪いが、こうした想定では「絵に描いた餅」の感が否めない。あくまでも一般論だが、新しい事業展開への融資を考えたとき、技術面や市場性、投資効果、それを運用する業務やシステムなど多様な角度から検証してFS(費用便益調査)を作成する。そして肝心なんことは、エビデンス(証拠)を示すことだ。
つまり、前出の旅館例は、マネジメントでは「人の動き」を変える仕組みを構築して実稼働させ、GOPも確実に向上していることなどが、FSのエビデンスとして大きく寄与している。そして、新たな投資でオールラウンドのマネジメント高次化をはじめ、次のステップとして厨房や他部門のシステム化へ踏み出すことになる。元々、経営的に強い旅館の体質が備わっていたのかも知れないが、リーマンショックや震災でのGOP落ち込みに対して、着実に回復への手を打っている好例と筆者は受けとめている。
ちなみに、その旅館が1割以上減員した背景には、オールラウンド化率が70%以上に達していることが挙げられる。そして、次のステップでは90%超を目指している。それが具体的に意味するところは、社員の大半が接客に関与するということだ。旅館では、接客体勢の維持が不可欠であり、前述の「これ以上のスリム化では品質を維持できない」という常識もここに起因している。だが、オールラウンド化にその常識はあてはまらない。単なるマルチタスクとは、その点が異なる。マルチタスクを運用するマネジメントシステムがオールラウンド化のカギを握っている。この点は、再三指摘をしてきたとおりだ。
オールラウンド化の比率が高まれば、運営人員は確実に減る。理論値としてはオールラウンド化率ゼロ、つまりまったく手がけていない旅館の場合、現行の運営人員を半減することも可能だ。いま、その認識が必用とされている。(つづく)
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