「儲けるための旅館経営」 その109
自社のマネジメントを再吟味

Press release
  2012.1.14観光経済新聞
ある経営者が「(旅館の)これまでの常識は、いまは非常識」と言った。けだし、名言であり、そうした観点からマネジメントを捉え直すことが、いま最も必要なことだと筆者は考えている。

かつて「顧客管理」の言葉が、コンサルタントなどの影響でもてて囃されたことがあった。そして、自社の会員組織や会員向けDMなど、さまざまな顧客囲い込み手段が講じられた。それ自体は否定しないし、現在も続けられている。ただし、旅館の顧客とは、営業面で捉えれば個人や組織・企業と旅行業者の2類に大別できるが、現実宿泊の接遇面からみれば2類による区分はし難い。さらに、昨今では価格志向の要素も加わっている。この現実は、より複雑なマネジメントが求められていることを本来は意味している。冒頭の一言は、そうした実態に対するキーワードと言っていいだろう。

さて、自社が管理する顧客会員組織は、いわゆるVIP待遇(あるいは特典)の側面をもっている。そうした顧客を中心に経営ができれば、よほど過度なサービスを行わない限りGOPの向上に貢献する。だが、最近の流行である「ゆるキャラ」ではないが、そうした顧客組織には、親しみを醸成する上での効果はあっても、集客面での囲い込みと言った絶対的な効力は薄い。「いろいろな旅館に泊まりたい」とする顧客心理を上回る訴求力としては働き難い。したがって、「空気を泊めても利益が出ない道理」に照らせば、低価格の団体も臨機応変に対応していかなければならない。このあたりは改めて言及するまでもなく、固定客だけで埋まる特定の小規模高級旅館を除けば、残る旅館の大半は臨機応変のニアセーム状況にある。

臨機応変と言う言葉は、いかにも現実的に受けとめられるが、GOPをはじめ経営の視点で捉えると、これほど危なっかしいものはない。例えば、価格帯別の対応ひとつにしても、適正なオペレーションが確立されていなければ、繁忙日には社員が右往左往する一方、閑散日には暇の持て余し――と言った状況を生み出すだけだ。しかも、そうした現場の状況が右往左往であれば「今日は賑わっている」と胸をなで下ろし、暇を持て余していれば「社員は何をしているのだ」と言った捉え方をする経営者も少なくない。

いわゆる「5W1H」の発想ではないが「誰が、どの時点で、どこで、何を、何のために、どのように対応する」などでの役割と分担が明確でなければ、野放図な場当たり主義に終わるのが、マネジメントの面で捉えた臨機応変なのだ。

また、一般に「役割分担」と言い慣わされている言葉を、改めて「役割」と「分担」の観点で捉え直す必要がある。この点については、ハセップ(HACCP)の前提条件(第105回参照)として示した意味合いを思い起こしてほしい。そこで示した個々の「作業名」が「役割」であり、シフト運営が「分担」と解していいだろう。

余談だが、役割分担の言い方に似たものとして「伝統文化」がある。これも、本来は別々の捉え方で「伝統」と「文化」の視点が必要だ。伝統と文化では、目指すところへ向かうベクトルが正反対に働いている。例えば、伝統については創業者や中興者がたどり着いた接遇や料理などの「形」を、より完成度を高めるために磨きをかける収斂のベクトルと言える。一方の文化は、形を生みだした精神を受け継ぎながら、時代の希求を受け入れて新しい形を生みだす拡大のベクトルと言っていい。火鉢で暖をとっていたものが、石油ストーブに替わり、さらにセントラルヒーティングへの変化も身近ないち例だ。その背景には「お客さまに温かく過ごしてほしい」とする精神が形を変えて受け継がれている。伝統も文化も、背景には精神の継承が必要であることから、ある意味で並列的に捉えられているが、役割と分担と同様に、視点を変えて捉え直すと対応すべき方向は、まったく異なる姿がみえてくるはずだ。

新年は、冒頭の言葉を自社の実情に照らして吟味してはいかがか。(つづく)