これまで「人の動かし」を変えるだけの運営変更でも、想像以上の効果が期待できる話を、シフト運営にからめながら進めてきた。GOPに換算して2〜3%アップは、決して難しい話ではない。すでに、そうした取り組みで成果を上げている旅館が実際にある。
健全経営の最低ラインである15%確保が難しくなり、かつての優良経営旅館が10%ラインを割り込むのさえ珍しくない。否、珍しいのではなく常態化した感さえある。そうした中での2〜3%回復は、何としてもほしいところだが、それに取り組む姿勢が問題だ。
古い諺に「千里の道も一歩から」とある。何事も最初の一歩がなければ始まらないと解されているが、もう1つは目標の大切さも示唆している。千里は大仰な譬えであり、目標は何歩先でもかまわない。目標に近づくためには、とにかく一歩目を踏み出さなければ二歩目さえない。
抹香臭い問答のようだが、ついでに筆者の趣味の1つである山歩きの話をしたい。富士山のような孤峰は別だが、多くの山々は尾根が連なっている。そして、いきなり最高峰を目指すことはできない。低い峰から順に制覇していくことになる。1つの峰を極めると、その先にはさらに素晴らしい峰が見えてくる。ある程度の高さの峰まで登って満足してしまえば、その先にあるもっと大きな満足は得られないのが道理だ。旅館の構造改革もそれに似ている。
冒頭の「人の動かし」は、灌木に覆われた尾根道を登っているようなもので、そこでは頂きが見えない。実感できることは、登り道で喘いでいる自身そのものだ。喘ぎを止める唯一の方法は、登ることを諦めること。だが、持参している食料には限界がある。食料のあるうちに引き返すか、食べつくすまで居座って野たれるかの択一を意味している。譬えの適正さは別にして、引き返すのが価格志向で行き着くとこまで下げること、居座るのが資産の食いつぶし。どちらも悲劇的な末路が待っている。
もちろん、そうした選択肢を是とする経営者は皆無のはずだ。ある経営者が、いみじくも言った。「山が見えてきた」と。見える場所、いわば展望が開けた場所に至る道程は、まさしく「喘ぎ」の連続だった。だが、それを登り切ってみると、新しい目標が見えてきたというこが言下に秘められている。
もう少し書き加えると、冒頭のGOP2〜3%アップのうち、最初の1〜2%は、それほど極端な喘ぎを必要としない場合が多い。「やってみると意外に簡単で効果が出る」と言う声がある。問題はその先の歩みをどう進めるかだ。@もっと高められるはずだAこれならば自分だけでもやれるBとりあえず少しアップしのだから現状ならこれでいけるC頑張ってみたがこの程度か――など、大別すると4様の意見に分かれる。
こうした意見の中で、@の声は前段の「山が見えてきた」という状況へと発展する。一方、A〜Cの声では、どこまで時間が経っても山の見えてくる可能性は薄い。Aの声は、実績と自信のある経営者に多い。そうした場合の落とし穴は、とりあえず目先部分の「人の動かし」を変えた効果に甘んじてしまうこと。社内のオペレーションほかを、トータルで捉える基本が欠落している。Bの声は、経営が苦しいのは経営環境のせいであって、要因を外的なものにすり替える現状追認型とも言える。極端に言えば「どこも同じ状況」と捉える旅館特有の従来型発想だ。アップの要因解析も、社内オペレーションにも関心が向いていない。Cの声は、前段の「喘ぎ」の前のわずかな苦労で根をあげたもの。これでは処方箋の意味さえなくなってしまう。
「人の動かし」は単純な作業でない。シフト運営についても、これまで述べてきたように単なる頭数のやりくりだけの捉え方では済まない。旅館一軒ごとに個性があって条件が異なる以上、絶対的な方程式はない。個々の運営オペレーションを解析することで、適正な方程式が生まれるとの認識がほしい。いいとこ取りでは、何も変わらない。(つづく)
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