本稿のテーマである「儲けるための旅館経営」は、企業を経営する以上「儲けること」が絶対条件だという点を念頭に置いている。では、儲けとは何か。概念などと言うと大仰だが、経営者が儲けに対する明確な位置づけを根底にもってないと、さまざまな「ブレ」が生じてくる。というのもの日本人は、企業を経営する経済行為にも、何がしかの付加要素をつけたがる。
もちろん、企業倫理や道徳的意識の欠如した拝金主義は論外だが、正当な儲けにさえ何がしかの説明をつけたがる。労働を美徳としてきた日本人の労働観によるところだろうが、この話題は本稿のテーマでないので専門家に譲るとして、付加要素の1つである「旅館=日本の伝統と文化」式の考え方は一考を要する。経営が厳しい状況下で運営を続ける上で、経営者の矜持としては大きな意味ももつ場合もあるが、それと現実の経営は直結しない。まして、赤字経営の中で「伝統と文化を守っている」などの論は、現実回避でしかない。冒頭の「ブレ」の多くは、そうしたところに起因している。
前置きが長くなってしまったが、儲けとは極めてシンプルな数式で表せる。
「回収−投資=儲け」
つまり、利用客から受け取る利用料金から、運営にかかわる一切のコスト(旅行業者への手数料や初期投資の案分額を含む)を差し引いた残りが「儲け」になる。きわめて当然の話であって、いまさらの感を抱く読者も多いことだろう。だが、「どこで儲けて、どこで損をしているか」を考えたとき、即答できる経営者がどれだけいるかは疑問だ。また、ここで言う儲けは、企業としての儲けであって、企業への投資者が複数の場合は、その分配方法によって個々の投資者の儲けは変わってくる。ここでは、企業ベースでの儲けが主課題であって、オーナーなど投資家個々の儲けではない点をお断りしておきたい。
さて、実際の旅館のデータを基に儲けを考えてみよう。今回は、その前提条件を整理しておきたい。この旅館は、150室規模の大型館で、年間の利用者数は10万人台、価格帯は上が3万円超から下は8000円台まで幅広く対応している。個人客と団体客の比率は3対7程度だ。
まず、価格別の構成比を10年前と現在を比較してみよう(下表)。個人客では、10年前は主流であった2万5000円台が大幅に減少し、3万円超の層は消えかかっている。現在の中心は1万5000〜2万5000円で、昨今の「価格志向の波」の洗礼は受けているが、業界全体からみれば高級旅館の面目を保っている。
一方、団体の小型化傾向はあるものの、全体としては団体型の要素が強い。ただし、価格帯別にみると、10年前は1万5000〜2万5000円で全体の8割を占めていいたが、現在は1万円から2万円の範囲が8割となり、5000円のダウンとなっている。この点は、時代の趨勢として受け入れざるを得ない流れかもしれない。
問題は、10年前には利用客の減少分を補う窮余の策であった謝恩企画など、1万円に満たない価格帯が団体全体の15%に達していることだ。一般に、一定の価格層が10%を超えた辺りから、予算策定で無視できなくなる。一方でそれは、従来の高級(高額)旅館のイメージを徐々に蚕食することにつながる。
こうしたイメージの蚕食傾向を防ぐために、経営数字を無視した原価構成になっているケースが少なくない。「どこで損をしているか」を突き詰めるとき、イメージ維持も負のスパイラルの一因だ。
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