「求める理想は実現する」その106
明確な原価意識こそが肝要だ
Press release
  2008.08.09/観光経済新聞

 前回示した人件費構図の再構築について、さらに現実問題を考えてみよう。これまで、CSを高めて単価の維持・向上を目指そうとしたときに、人員が現状のままならば労働強化でESは低下すると考えられてきて。もちろん、増員すれば人件費増につながり、厳しい経営環境下では非現実的な話でしかない。また、残業代などをプイラスすれば、ES対応はある程度緩和できても、これも人件費増の要因にほかならない。さらに単純にコスト削減に走ればCSもESも低下するというジレンマを抱えてきた。
 こうした構図を、私は「平面カエル」と呼んできた。逆にいえば、こうした構図を脱して「立体カエル」を発想することだ。ここでの3点セットである「CS・ES・コスト」を立体的に再構築すること それが人件費構図の再構築であり、言葉を換えると「人員の再構築」といえる。実際には、前回記したように「接客と売店を担当できる人間」「フロントと接客のできる人間」といった具合に、単純なタテ割を廃して、それぞれの作業時間を改めて見直し、そこに潜む「ムリ・ムラ・ムダ」を排除することになる。決して労働強化でESを損なう性質の変革ではない。

 次に「客単価の2局化」について考えてみよう。その前に、若干唐突なのだが、原油の高騰に伴って急浮上してきた燃料サーチャージの問題を思い起こしてほしい。サーチャージは、燃料価格の変動によるコストの増減分を、別建てで設定する制度であることは改めて述べるまでもないが、これに付随する問題として中小・零細企業では、力関係で公平性が損なわれる場合があるということだ。言葉は悪いが、コストが上がっているにもかかわらず、中小・零細企業が「泣き寝入りする」といった構図がどの業界にもある。
 この構図は、旅館の営業活動にもみられる。という以前に、バブル崩壊後の価格破壊と呼ばれた直近の厳しい環境下にあって、「売価は下げるがサービスは現状維持を」といった問題から、甚だしい場合は、売価を下げさせた上に「差別化のための1品プラスを」といった要求に抗しきれず、まさに「泣き寝入り」でそれに応じるケースが少なからずあった。

 ひるがえって、旅館経営を客観的に捉えると、言葉の妥当性はともかく、昔の木賃宿が観光旅行ブームで業態を拡大し、稼業を企業化して看板を書き換えてきたが感が否めない。いま、必要なことは、そうした稼業的経営体質をビジネスとして再構築することだ。例えば、喫茶店やファーストフード店をはじめ、多くのサービスビジネスでは、明確なコスト意識とマーケットプライスの整合を前提にスタートしている。極論すれば、「コストがこれだけだから、売価はこの額に設定する」といった発想とともに、設定した売価がマーケットに受け入れられるか否かの整合性を判断しながら、いわゆる原価の積み上げ方式をとっている。
 もちろん、旅館にもコスト意識はあるが、バブル期の膨大な過剰投資や装置産業としての課題も多々あり、現実問題としては自館で決めた売価で売ることが難しい。この点の打開策は、稿を改めて述べるとして、ここでは売価についての問題点だけを指摘しておきたい。
ある旅館での団体営業で、こうした話があった。食事メニューについて営業先で「フルーツをケーキに変えてほしい」という要求がでた。営業は、団体が確保できるのならばと即座にOKを出した。ところが、提示したメニューは営業先の価格要請に基づいてコスト計算をした結果であり、変更でコストが変わってしまった。営業でのコスト意識が明確であれば、「変更は可能だが、その分これは削ってほしい」といった増加分を相殺する必要性がある。その営業プロセスが、総じて欠けているのだ。
 旅館で利益が出ない理由は、大きく分けると収益構造に基づく人員構成と営業のありかたという構図がある。言い換えれば、営業段階での原価意識が不足していることが挙げられる。

(つづく)

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