前回の旅館の話を続けよう。件の厨房マネージャーは、配膳システムを導入するか否かの検討段階では、運営変更による現場の一時的なとまどいを想定し、現場を預かるマネージャーとして反発したが、導入の方向が決まった後は、その推進役として大転換をしてみせた。結果として厨房現場では、作業のムリ・ムラ・ムダが解消され始め、作業時間に余裕も生み出されてきた。現場にとっては時短による労働条件の改善いわばES向上であり、経営的にはコスト削減につながる。また、時間に余裕があればクレームにつながるようなミスも発生しにくくなる。これはCS向上の大きな要素にもなり、三方得の状態が顕現してきた。
だが、これは厨房に表れたシステム導入の効果であって、他のセクションでは遅れをとっている。全社レベルで捉えれば、厨房での運営変更効果の足を引っ張るセクションがあるということだ。端的にいえば、厨房の先にある配膳と接客の2つのセクションで足並みが揃っていない。しかも、そこを預かる現場長に力量の差もある。とりわけ、配膳にかかわる現場長(ここでは配膳係と宴会係の2人の現場長)のうち、配膳係の力量不足が露呈した。例えば、配膳システムでは多くの旅館で行われている夜間の食器洗浄を、パート従業員の確保しやすい昼間に移して集中洗浄を行い、作業の合理化と経費削減を図る。また、それをスムースに運ぶための下膳分類も必要になる。ところが、システム導入が行われたのにもかかわらず、こうした運営変更の意味あいが理解できないのだ。したがって、相変わらず夜間洗浄にこだわっている。
そこで一計を案じて、配膳と宴会の2人のヘッドにシステム導入で先行する旅館の見学をしてもらうことにした。見学後に感想を問うと、配膳のヘッドは「温蔵庫に料理をストックするのは品質に問題がある」「全体に作業者が多い」といったマト外れな答えをする。肝心の洗浄や下膳分類などは、何も見てこなかったとはいわないが、記憶に残らなかったようだ。着眼点がズレているのだ。見学に行く意図がまったく理解できていなかったともいえる。一方の宴会のヘッドは、合理的な作業ぶりを目の当たりにしたことで「私のところにも必要だし、こうした運営変更はできます」と言い切きり、「百聞は一見にしかず」だったと言う。この差は、まさに力量の差であって、現場長としてどちらがふさわしいか言うまでもない。
さて、厨房の先にあるもう1つ接客の現場長はどうか。ここにも問題があった。比喩として妥当かどうか別にして、以前から「確信犯」という言葉を私は使ってきた。文字面かして何となく忌まわしいニュアンスだが、要は「わかっているのに与えられたものを行わない」といったオーナーとしては許せない輩だ。ところが、そうした人間に限って、現場に長く居座ってきたケースが多い。他の部署へ回せないなど理由はさまざまだが、結果としてその部署で睨みを利かすような存在になっている。そして、運営変更など新しい取り組みには、真っ向から反発するのではなく、指示されたことを実行せずに後ろを向いて知らぬ顔を決め込む。こうした態度自体が問題なのだが、その人間を外すと「やはり現場がうまく回らなくて…」と経営陣の腰が引けているのも問題だ
接客の現場長は、まさに確信犯だったのだ。この話の顛末は別の機会に述べるとして、ここでは、前述した厨房と配膳や接客のマネージャー像を踏まえて、前回の「人材」という観点に戻ろう。そこで旅館の人事を振り返ってみると、新入社員から3〜5年を経て業務をマスターし、5〜10年になるとベテランを呼ばれる域に達する。そしてマネージャー(管理者)になる。このマネージャーには3つの仕事がある。第1は、現場の管理者としての運営責任、第2が人材の育成であり、第3が品質の維持と発展だ。ところが現状をみると、1つ目の現場管理ばかりに終始している。そこで次回は、マネージャー像を考えてみたい。
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