前回、その一端に触れた帳票類(伝票)の入力について、さらに考えてみよう。ホームページのようにデジタル情報化されたものを含めて、最終的な伝票への「転記」に問題がある。要は、手書き入力に頼っているという現実だ。その転記作業において入力ツールがペンで紙に書くか、キーボードでコンピュータに記憶させるかの違いはあっても、人手を介したプロセスに変りはない。いわば、転記というプロセスが介在する意味では、コンピュータを使っていても実際には手書きの域にとどまっている。
一方、入力の前段として応対内容の確認や詳細説明に不可欠なタリフの整備がある。この基本的な資料を完璧に用意しようとすれば、旅行業者別だけでなく同一業者でも企画商品によって異なる内容のタリフバインダーを作らなければならない。さらに、予約販売状況の実勢を参照しながら予約応対をしようとした場合、例えば通年設定商品であれば1商品ごとに365枚のシートが必要になる。そうした商品をそれぞれ1アイテムと考えれば、1館が対応するアイテム数は2ケタどころか3ケタ台のバインダーを必要とする。しかも、予約に対応する人数分のセット数が求められ、それらのセット間で相互に予約販売状況の刷り合わせを絶えず行っていなければ、実況に即応できないことにもなる。そう考えてくると、物理的に難しいだけでなく、完璧を期そうとすれば転記コスト(人件費など)も半端な額では収まらない。結局、打つ手がないままに現状維持を続けている。問題解決を諦めてしまう。
確かに、現状の発想の域内にとどまるならば、その延長線上にあるのは諦観でしかない。余談だが、これまでは無理と「思っていた」ことが、実は経験則から導かれる「思い込み」に過ぎない場合が多々ある。経営において経験は意思決定の重要なファクターの1つだが、時代が変化する中では経験が足カセになるケースも少なくない。そこにはメンタルとテクノロジーの交錯もある。単純にいえばITのような先進技術は、経験則をベースに理解しようとしても限界がある。ほんの数年前を振り返ってみると、サイバーエージェントの台頭に対して「補完程度」と冷やかに捉えるのが大半だった。それが現在では、有力な販売チャンネルに移行しつつある(筆者の近著『これが、答えだ。』参照=観光経済新聞社刊)。日々進化するテクノロジーを、経験則のメンタルで捉えていたのが、数年前の冷やかな対応だったと筆者は考える。発想の転換とは、経験則のメンタルにとらわれない姿勢と言い換えることも可能だろう。
本題に戻ろう。現状では回避できないと思い込んでいる「転記」と煩雑な「タリフ」に対して、「理想の形は何か」と思い描いてみることだ。そして、先進テクノロジーで可能か否かをメンタルではなく、純粋に道具や手段として捉え直してみることだ。例えば、テレビは電源を入れてチャンネルを回せば、求める番組が見られる。そこには、ラジオのような音だけでなく「画像も見たい」という願望(理想)が、テレビ実用化の背景で働いていたのを疑う余地はない。新しいテクノロジーのメカニズム開発は専門家にまかせればいい。肝心なことは、「理想」を描いて実現させたいと発想すること。開発側に「こんなものが欲しい」と、求めるものの姿を提示できる発想力なのだ。
本コラムで掲げた「理想」とは、経験則に照らせば荒唐無稽であっても、「あれば経営に役立つもの」を大胆に発想してみようとする姿勢そのものといえる。考える前に「無理だ」と思い込む姿勢を問い直すことにほかならない。その際に、筆者がしばしば引用する言葉として「量の妥協はしても、質の妥協はしない」というのがある。仮に対象が100アイテムあった場合、それを同時にすべて実現するのは難しい。そこで、とりあえず「主要部分の50アイテムに着手する」というのは妥協できる。だが、実現化のレベルを引き下げる質の妥協はしない。そうした意味から現状の煩雑な「タリフ」を捉え直すと、予約対応時の使い勝手の悪さや、予約管理での実効の乏しさは、圧倒的な量の前で質に妥協した結果としかいえない。転記も同様だ。
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