「旅館再創業」 その77
利益向上とCS・ES並立へ
Press release
  2006.02.18/観光経済新聞

 EUへの視察旅行を終えた。世界各地の食品衛生やホテル経営の実態などに触れたとき、私の専門である疫学から発想を広げて行き着いた構造改革が、旅館ホテル経営には欠かせないだろう…との思いがつのる。決して手前味噌だとは思わない。だが、それについては、啓発へ向けた活動をさらに展開する必要がある。
そんな思いから、これまでの導入事例やプロセスを振り返りはじめた。
旅館ホテルでの食中毒は、万一にもあってはならない。だが、現実には起きている。起こさないためには、防止への啓蒙活動が重要だが、どんなに注意を払っても万一の事態が絶対に起きないとは断言できない。だから、人間の払う注意のほかに、注意をより確実にするための設備機器が必要となる。なぜならば、食中毒防止には原因となる細菌を「つけない・殺す・増やさない」の3原則があり、前2項目は5S(整理・整頓・清潔・清掃・習慣)をはじめとする意識教育でもある程度の抑止力にはなるが、後の1項目は「見えない敵」が5Sなどの隙間をぬって襲ってくるからだ。例えば、調理をして運ぶまでの時間が常温で放置されていれば、それだけで「増やさない」の原則が崩れてしまう。
これに対して現状をみると、「増やさない」ための対応が多くの場合なおざりにされている。理由は大別すると2つある。1つは、過去の経験則から「うちでは起こさない」という自信が、そうした状況を生み出しているケースだ。それで済めば「万一」などという言葉は、食中毒に関して不要なのだが、現実は違う。もう1つは「見えない敵」に対する設備投資への捉え方が、マイナス方向へ働いていること。これには、余裕があっても危機意識に乏しいケースと、危機感はある程度抱いていても経済的な余裕のない場合がある。
こうした食中毒防止のプレゼンテーションを旅館で行うと、「うちでは起こさない」という旅館は論外にしても、「新しい設備機器を設置するスペースがない」「経済的に新規の投資をできる状況ではない」といった答えが返ってくる。いずれの場合も、リスクマネジメントには腰が引けているのだ。
だが、スペースなどは配置の組替えでも確保できるし、それ以前に整理整頓や保管場所のルールづけをするだけで解決できるケースが大半といえる。経済的な投資負担にしても、設備機器のリース料と人海戦術の肥満人件費を秤にかければ、むしろコスト削減効果の方が大きい。安全の確保とコスト削減……こうしたメリットをさらに啓蒙しなければ、との思いが募る。
そんな折、現在進行中の案件の1つであるサゴーロイヤルホテルから連絡があった。読者から「貴館は構造改革で再建しなければならないほど苦しいのか」といった内容のようだった。甚だしい誤解だ。
本コラムのタイトルは「再創業」であり「再建」ではない。確かに、構造改革は「建て直し」ともいえるが、それは経営システムの中に潜むムリ・ムラ・ムダを洗い出し、プロフィットの創出しやすい経営システムへの組み換えであり、それこそが「最創業」と位置づけられる。
肝心なことは、食中毒の防止と同様に、経営意識の問題につきる。構造改革では、余裕があってもしないのを「放漫経営の放置=惰性経営」、余裕がなくてしないのを「先見の明の欠如=綱渡り経営」と喩えることができよう。その逆の対応が望ましいわけだ。
ここサゴーロイヤルホテルを例にするとわかりやすい。余裕があるから「惰性の芽」を刈り取り、将来のさまざまな状況に対応できる体力を蓄積する「先見の明」がある。おまけに、ここではTQMをはじめ社員のスキルアップに注力してきたし、前述の設備機器も整い、基本条件は備わっている。そこでの構造改革は、いわば第2段階ともいうべきCSやESの充実など、業界の範にもなり得る進行状況にあるのだ。
もっとも、構造改革には「当座の危機脱出」の側面もあることから、そうした旅館のケースと混同されたようだ。構造改革の幅の広さとして、誤解を解いていただきたい。

(つづく)

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