花巻南温泉峡・ホテル志戸平で食中毒を防止する仕組みの1つである「志志戸平検査会」がスタートして1年余が経過した。
発足までの経緯は、これまで書き綴ってきたとおりだが、それを実現に導いた原動力は、社長・久保田浩基の経営センスだと私は考えている。端的にいえることは次の言葉だ。
「当社では、食の安全を確保するために企画設計の〈配膳システム〉を導入した。その時点で、〈食中毒を発生させない〉という意味での安全度が高いシステムを構築しつつある、と私は考えた。ところが、仕入れた食材などに付着して侵入してくる食中毒菌を防ぐのは難しい。そうした菌が原因となって万一食中毒が発生した場合でも、その責めを負うのは当社だ。そうなると、納入される食材の安全性をきちんと検査できる仕組みをもたなければ、4千万円もかけて社内での安全性を確保しても意味がないということになる。そこで納入企業の理解と協力のもとで検査会が発足したわけだ。ここでの検査コストに対しては、当社が万一の事故で営業停止になり、その後も事故後の後遺症で客足が鈍れば、それは当社にとって厳しいことだが、同時に納入企業の売上減にもつながってくる。仮に、お客さまが2割減少すれば、仕入が2割減るのも当然の話だ。そうさせないための検査であれば、納入企業側に幾ばくかのコスト負担をお願いしても、決して不当な話ではないだろとの結論に至った。そのギブ・アンド・テイクをご理解いただいたことで『志戸平検査会』がスタートした」
自社の利益だけでなく関係する業者を含めた思考という意味で、卓見である。しかし、こうした事柄は理屈でわかっただけでは用をなさない。実行への決断をするリーダーシップが発揮されなければならない。そして現在、検査会に参画する納入業者はいう。
「社内の加工現場でも安全意識が高まった」「こうした仕組みがあるところへ納入するとなると、作業現場でも安全への意識が一段と高まり、それが全体にも波及している。とくに最近は、お客さまもそうしたことへの関心が高まっているが、検査制度のおかげで自信をもつことができた」
ギブ・アンド・テイクの発想は、ビジネスの表側だけでなく、納入業者の社内意識にまで好影響をおよぼし、当初に各社が抱いていたであろう「そこまで徹底するのか」といった戸惑いは払拭されている。
さらに、ある業者がもらした感想も印象的だ。
「最近の板前さんは、原価率にしばられているのかもしれないが、衛生面より価格への関心が高い」といい、さらに「日々の営業の中で〈この食材は安全かどうか〉と聞かれるのは、こちらの旅館ぐらいで、多くは値段や味のことばかりだ。食材の安全面には経営者の姿勢が反映されているようで、その意味でこちらの旅館は、一歩先を行くものと認識している」と。
いま、さまざまな面で企業の社会的責任(CRS)が問われている。
久保田浩基はいった。
「食の安全第一は経営者の責任」
この姿勢こそが、食中毒を防止するキーワードなのだ。私は、ホテル志戸平で〈いい仕事〉をさせてもらった。
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