ホテル志戸平に保健所の検査が入ってから、3日ほどが経過した12月4日だった。専務の八重樫勝司から自主検査センターへ連絡が入った。折悪しく私は、他館での運営指導に当たっており不在だった。だが、そうした重要な連絡は、即座に私のもとへ届く社内システムがある。
連絡を受けたセンターの担当者は、要点をまとめて伝えてきた。内容は、花巻保健所から八重樫のもとへもたらされたもので、「細菌検査の結果、検食・拭き取り・検便については、すべて〈白〉と出た」というものだった。さらに「患者の検便からはウエリシュ菌が検出されたので、ウエルシュ菌が原因菌と推測される」との報告もあった。
私は、八重樫をはじめ関係者が安堵する顔を思い浮かべた。だが、こうした嫌疑を受けた場合、ツメを誤ると元も子もなくなる。私自身が直接確認しなくてはならない。当面の検査結果は白であっても、完全に白と確定したわけではない場合もあり得るからだ。私は、役所の昼休みが終わる午後1時を期して、間髪をいれず保健所の主査に確認の電話を入れた。
結果は、杞憂に終わった。これは、歓迎すべきことだ。私は、現時点で想定できる結論を、八重樫へ伝えた。
「完全に白と判定されたわけではないが、実質的には白と判断していい」と。
翌5日、私は再度、ホテル志戸平を訪ねていた。嫌疑をかけられた直後の重苦しさは消えている。この朝、社長の久保田浩基は花巻保健所へ出向き、相応の挨拶をしている。その帰りを待って午前中に総括会議を行い、これまでの経過を振り返った。
前日までに保健所からもたらされた連絡事項の1つとして、持込み飲食者の調査依頼があった。だが、そうしたお客さまの特定は難しい。もう1つの連絡は、嫌疑の元となったツアー客が周遊した山形県内の保健所が、主催した旅行業者へ「ホテル志戸平からは食中毒菌が検出されなかった」と報告していたことだ。
こうした連絡事項から経緯を総括すると、保健所側のおおよその結論がみえてくる。だが、慎重を期すために私は再度保健所へ電話を入れた。というのも、EUへの出張が翌日に迫っていたからだ。
その時、私の問合せに対して、保健所の主査は「今後の処分はないと思うが、現時点では何もいえない」と、どこまでもお役所的答弁だった。しかし、これで腹のうちは読めた。私は八重樫にいった。
「たぶん、このまま白になるでしょう」
そう結論づける理由は大きく2つあった。もっとも大きいのは、こちら側から食中毒菌が検出されなかったこと。もう1つは、それに伴って持込み飲食の調査依頼へ進んだことだ。そこから読めるのは「発病者の持込み飲食が原因だった」と軟着陸させようとしている姿勢だ。
これならば、単に「原因が分からなかった」のではなく、可能な限り検査を行ったという保健所側のメンツが立つ。加えて「白」といい切らないことによってホテル側へは今後の牽制効果にもなる。こうみてくると、処分の可能性がゼロではないものの、限りなくゼロに近い。私は、EU出張中でも携帯電話がつながることや、万一の場合は緊急帰国も可能なことを伝えてホテル志戸平を後にした。
12月7日、機中。EUへ向う機内で、この10日ほどの騒動を振り返った。私は2つの提案をしてきた。その1つは、仕入品の検査を行う仕組みの構築だ。館内の衛生管理ができても、汚染されている食材の侵入を防ぐのは難しい。もう1つが配膳システム。さて、どうなるか。
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