「旅館再創業」 その45
手始めは保健所で情報収集
Press release
  2005.05.07/観光経済新聞

 岩手の冬は厳しい。私は、ホテルのエントランスを出て車まで歩くわずかの距離で、思わずコートの襟を手繰り寄せた。だが、本格的な冬の訪れはもう少し先のはずだ。
数分後、専務の八重樫勝司と私は、車に揺られていた。フロントグラスに広がる空は、鈍色の雲に蔽われている。それにも増して八重樫の表情は重苦しい。日頃の慎重で実直な性格が、そのまま表情の表で固まっている。私たちは、花巻保健所へ向っていたのだ。
昨夜は、社長の久保田浩基、専務・八重樫、それに調理長・鈴木光雄の3人と私で、これまでの経緯を総括し、今後の方策を話し合った。食中毒防止へ向けた抜本対策の具体的な腹案は、すでに私の中では固まっている。それについて概略は話したが、それよりも急がねばならないのが保健所の訪問だった。何せ相手は〈お役所〉だ下手に出ておいて損はない。
こうした場合、言質を与えてはいけないが、相手の言葉の端々から手の内を読み取ることは、先手を打つ材料になる。これは専門家でなければできない技であり、そのあたりは私もシタタカだった。それに、専門家がついて自主的な検査や対応策を講じている姿勢を印象づけることは、牽制の面でも一定の意味がある。

花巻保健所は、ホテル志戸平から20分たらずのところにある。JR花巻駅の東側、市役所や法務局など市の官庁街である花城町の県合同庁舎内だった。それほど威圧感のある建物ではないが、決して快い訪問場所ではない。私の思い違いかもしれないが、玄関ドアを前にしたとき、八重樫の足が一瞬だが重くなったような感じを受けた。
保健所では課長と主査に面談した。型どおりの挨拶のあと、検査・調査の状況がどの程度すすんでいるのかを探った。話しによると腹痛を訴えた団体客は、宮城・岩手・山形の東北3県を周遊しており、それらの県で追跡調査を行っているものの、結果はまだ出ていなかった。それと、原因菌も判明はしていない。ホテル志戸平の検体についても報告は出ていなかった。
そうした状況を総合すると、事態の推移はおおよその見当がつく。だが、楽観視できないのも事実だ。もうしばらくは慎重に推移を見守るほかはない。
保健所の訪問を終えてホテルに戻った私たちを、やや緊張した面持ちで調理長の鈴木が迎えた。私たちが帰途にある間に何らかの結果がもたらされたことは、容易に察しがつく。〈何とでたか〉と、私は咄嗟に幾つかのケースを想定した。
だが、もたらされていた話は、最終的なものではなかった。「患者からウエルシュ菌が検出された」という内容にとどまった。原因菌が確定したわけではない。すぐさま今後の保健所対応を協議することになった。ただ、ウエルシュ菌だとすると、周遊中の昼食などで感染している可能性も大きい。宿泊客の1グループだけが発症したという第一報で抱いた思いが、一瞬脳裏に蘇った。


(つづく)

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