ホテル志戸平と自主検査センター・カンパニーとの間では、3年前からビジネス関係が始まった。
自主検査センターの業務を大別すると「細菌検査」と「食品衛生管理指導」の2つに分けられる。このうち細菌検査は、「食品衛生検査指針」に基づく食中毒菌などの全般的な細菌検査のほかに、緊急を要する迅速検査法を使用した食中毒菌検査を行っている。一方の食品衛生管理指導では、指導員が定期的に施設を訪問し、細菌検査を通して衛生指導管理を行うとともに、食中毒や食品クレームの発生に対して365日24時間体制で危機管理をサポートする「食中毒110番制度」がある。
いずれにしても「万一」の食中毒に対処したものだが、万一の事態など起きてはならないのが現実の旅館経営だ。そこにリスクマネジメントの難しさがある。検査の手法や現実的な対処方法は、われわれ専門家・専門業者が提供できる。言葉は悪いが、水のみ場を目の前に用意できるが、それだけでは「牛に水を飲ませる」ことができない。
どこの旅館・ホテルでも、食中毒には細心の注意を払っているし、相応の自信をもって日常の営業活動を行っていることだろう。一歩進んだところでは、厨房マニュアルの類も用意しているそれに異論を挟むつもりはないが、故にリスクマネジメントへのコスト不要論は成り立たない。用意された「水」は自らすすんで飲まなければ、リスクマネジメントはできない。ここ、ホテル志戸平でも契約してから半年は、何の危機的状況もなかった。
この点に関して、ホテル志戸平の社長・久保田浩基はいった。
「マニュアルも煎じ詰めれば、マニュアルどおりに行われているか否かを判断する基準がない限り『気をつけましょう』の域にとどまる。発生の可能性は多少低くなるかもしれないが、決して〈ゼロ〉にはならない。そこで、客観的に捉える検査の必要性を私は感じた。検査による数値データが、マニュアルどおりに実行されているか否かの判断基準になる。そこに納得性もあるし現場で対策を講じるベースにもなる」
しかも、そうした発想の根底を腹蔵なく語れるところに、私はある種の驚嘆と親密感を覚えた。それは、マニュアル作成の背景ともいえる話だった。
「私が社長に就任してから2年目の平成3年に、食中毒事故が発生し、大変な思いをしたことがある。その教訓を基に、再発をさせないためのマニュアルをつくった」と久保田は、話したくないはずの不名誉を平然と語った。裏返せば、2度と犯さない決意を明確に標榜しているともいえる。
マニュアルについては、専務の八重樫勝司も「細菌検査を始める以前は、客観的に判断する材料がなかった」と述懐している。といって八重樫のこうしたいい方は、一般にありがちな社長に迎合する態度でなない。現場を預かる専務としての「真摯な態度がいわしめた」と私は思っている。
そうした八重樫の真摯なありようは、検査によって客観基準を備えたことに安堵するのではなく、「検査データは現場を管理する上で参考になったが、細心の注意を払っているのに、この検査数値はいったい何故だ、と思うことも当初はあった」という思いにもつながっていた。
その杞憂との因果関係は認められないが、自主検査の契約して半年ほど過ぎた頃に、食中毒の嫌疑をかけれた。即座に緊急検査を実施した結果、ホテル志戸平は「白」と判明した。何の問題もなく、いわば、いわれのない嫌疑をかけられていたことが、検査によって立証された。
これは、検査体制を構築している旅館・ホテルならば、「白・黒」の別が迅速に判定できるということにほかならない。しかし、仮に「白」と判明したからといって、それで一件落着と思い込むのは、リスクマネジメントの観点で捉えると十分ではない。「マニュアル→検査で遵守レベルの判定」という図式に加えて、もう一つのファクターが必要となる。つまり、マニュアルと検査結果の中間にある最も肝心な「プロセス」を整えることだ。(続く)
(企画設計・松本正憲=文中敬称略)
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