「旅館再創業」 その37
「自主休業」は回避も可能
Press release
  2005.04.02/観光経済新聞

 食中毒事故で「自主休業」をすることは、結論の出ていない「グレー時点」で自ら「黒」を認めたことになる。それによる損失はきわめて大きい。
では、どうするか。喩として適正か否かは別だが、交通事故の場合に、飲酒運転はあきらかに違反だが、高速道路にいきなり飛び出してきた人を轢死させた場合だと、過失ではあっても飲酒運転の轢死とはまったく意味が違う。つまり、食中毒の場合でも、過失を証明すれば事態は変る。
あるホテルで私がとった1つの方策がある。そこでは、食中毒の疑いをかけられた時点で、その日に仕込んだすべての料理を廃棄処分にした。例えば、ローストビーフなどはまとめて作るために、それがサルモネラ菌などに汚染されていれば、そのローストビーフを提供している間じゅう食中毒が続くことになる。
そこで、廃棄処分と同時にプロの業者による容器の再殺菌などを行い、「菌がいない状態」を積極的につくりだした。いわば、自ら過失を認めた上で正常な状態にもどしたことを証明してみせたわけだ。
誤解してならないのは、これで業務停止の処分が免れられるわけではない。あくまでも「自主休業」を回避するための方便である。保健所も、そこまでやられると自主休業へ仕向けるのは難しい。その間に検査結果が出て「白」と証明されれば、問題は表面化しない。自主休業で自ら「黒」と認めた場合に蒙る膨大な損失は回避できるわけだ。疑いをかけられただけで失墜する信用を考えれば、表面化させずに済んだ意味あいは、きわめて大きい。
なぜ、こうした方策に打って出たのか。それは、保健所の機構的な体質を逆手に取ったともいえる。自主休業をした後に検査結果が「白」と出た場合、極端な話しが「どうぞ営業してください」で終わってしまう。保健所は、旅行業者やお客さまへ何らかのフローアップをする意思はないし、実際にできるものでもない。そこで、自主休業は示唆するだけであって、「自主休業をしなさい」とはいわない。あくまでも担当官の「個人的な意見」として、自主休業をほのめかすのにとどまる。
これは、ずるい。ならば、機構的な体質ともいえる「指導」ではない個人的意見には、こちらも従わないだけだ。ただし、専門家の手を借りずにそうした対応をとるのは、リスクが大きいことも付け加えておかなければならない。生兵法は大怪我の元でもある。
食中毒事故の難しい点は、疑いが晴れたからといって、すぐさま元の状態に戻るわけではないし、いわば、傷ついた暖簾は自ら修復する以外に術はない。また、生産物賠償責任保険にしても、自主休業の補償はない。実際に「疑われた→自主休業→白と判明」というケースは少なくないが、こうした保険は保健所の事故証明があってはじめて補償される。故意に食中毒を仕立てて保険で補填しようとする不心得者が業界にいるとは思わないが、保険に対する一般的な観点からすると、事故に対する公的な認定がないものに保険金を支払う道理はない。
したがって、食中毒の疑いによる自主休業の結果が「白」であれば、それ自体は喜ばしいことなのだが、当然ながら事故証明は出ない。すると、自主休業中のマイナスは、まったく補償されないことになる。
そこで、日頃から防止へ向けた取組みと同時に、万一に対するリスクマネジメントの視点が求められる。例えば、食品製造のグローバルスタンダードであるハセップ(HACCP=危害分析重要管理点)などに準じたリスクマネジメントが欠かせないわけだ。疑いをかけられた「グレー」を「白」と証明してみせるには、裏付けとなる科学的な根拠が不可欠であり、そうしたものの1つとして記録が重視される。普通に考えてみても、記録を取る姿勢があれば、それを行っていない施設よりもきちんと対処しているはずだ。
もちろん、それには人手や時間、コストもかかる。しかし、事故処理にかかる費用に比べれば、こうしたコストは微々たるものともいえる。ゆえに、経営者の取組み姿勢が問われるところだ。(この項続く)
(企画設計・松本正憲)

(つづく)

  質問箱へ