「旅館再創業」 その36
食中毒事故と「自主休業」
Press release
  2005.03.26/観光経済新聞

 前3回、構造改革の基幹ツールである配膳システムが、食中毒の防止と密接な関係にあることを書いた。すると読者から「どうすれば食中毒を防止できるのか」といった主旨の問合せがあった。わが社の「自主検査センター・カンパニー」は、細菌検査をする専門会社であり、専門的な答えをするのは難しくない。だが、肝心なことは経営者の取組み姿勢にある。それには、防止をする取組みと同時に、万一に対するリスクマネジメントの視点が欠かせない。
ある経営者がいった。
「万一の事態は怖い。といって、そのためのコストアップも避けたい」
ムシのいい話だが、なにせ目に見えない細菌が相手だ。見えない敵にコストを掛けたくない気持ちも分からないでもない。だが、万一に備えてそれなりの投資をしておかなければ、ツケは数十倍、数百倍の規模で跳ね返ってくる。詳細は別の機会に譲るとして、保健所との実務的な対応から、問題点を別の角度で整理してみよう。
ある温泉地の旅館が食中毒を起こし、私のもとへ細菌調査の依頼があった。まず、電話で事情を聴取した。それによると、「昨晩泊ったお客さまが、朝から下痢を起こしているので病院へ運んだ」とのことだった。症状を聞くと、まさにビブリオ菌の感染症状そのものだった。
そこで私は、当面の検査手順とともに、今日中に保健所から調査が入る旨を伝えた。そして、「明日あたりに自主休業をいってくるかも知れない」と付け加えて電話を切った。菌の推定結果が出るのは早くても翌日だからだ。
ところが、その旅館のケースでは、その日の夕方に保健所から呼び出しがあったという。そして「食中毒による業務停止命令」が下されたとの連絡を受けた。これは、おかしい。その時点で食中毒菌に対する検査結果は、まだ出ていないはずだ。検査では菌を培養しなければならないからだ。私は疑問を残したまま、搬送先の病院でどう診断されたかも聞いた。それによると患者を診察した医師は、「急性胃腸炎」と診断しているとのことだった。急性胃腸炎の原因は、細菌性のものだけでなく、化学物質などさまざまな異物も原因に考えられる。そうなると、特定されないままの業務停止命令は腑に落ちない。私は、さらに聞いた。経営者は半ば諦めたような口調で「当地では、こうした処分が普通だ」という。これも意外だった。これでは、仮に私が10人の友人と宿泊し、5人が腹の痛みを訴えたら、保健所は営業停止にするのかということになる。そんなデタラメな処分はないはずだ。
このケースでの保健所の対応は、むしろ例外といってもいい。だが、保健所の対応を云々しても始まらない。ここでの問題点は、業務停止の行政処分を受ける前に、旅館側の措置として対処する「自主休業」について、日頃から考えておくことだ。
一般に保健所が自主休業をいうときの常套手段は、「これは保健所の指示ではなく、多くの人に迷惑をかけているのだから、自主的に休業した方が各方面への心証がいいでしょう」と遠まわしないい方をしてくる。そうしたいい方は、旅館が「白」だった場合の逃げ口上だと思う。いわば責任回避の手立てを事前に打っているわけだ。そして、原因が旅館側に特定されて営業停止命令がでたときに、自主休業した日数を相殺するなどの暗黙の了解みたいなものが、両者の間にできあがっている。
なぜ「自主休業」をするのか。これは、施設に疑いがもたれている段階では、その菌が料理や材料に付着していたり、厨房内に存在する可能性がある。ところが営業を休むことによって、当然ながら提供するお客さまがいなくなり、それらの料理や食材は廃棄処分される。そうすれば菌はいなくなるはずで、考え方としてはある意味で理にかなっているといえなくもない。また、それが保健所のガイドラインともいえる。
しかし、旅館側にとって「自主休業」をすることは、間接的に「黒」であることを自ら認めたことになる。これは辛い。(この項続く)
(企画設計・松本正憲)

(つづく)

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