ここ数年、とりわけ昨年を振り返ったとき、銀行関係者から生々しい話を多々聞いた。その1つに次のような話があった。
「全国の中規模旅館を金融機関からみた場合に、8割は〈要注意〉だ。われわれは自立再生を支援し、見守っているが、どこかの時点で再生の可能性を見極めなければならない」
現実問題として、銀行は「利益を出せ」というが、これが果たせない。役員は自分の資産を売却しながらでも利益調整をしている。しかし、そうした工面で現状を糊塗しても、その後に利益の出る体制・体質になって再融資の途が拓かれるか否かは未知数だ。それよりも、「いま、安定経営を可能にする余裕の資金がほしい」という経営者が圧倒的に多い。これは、心理的にも理解できる。余裕がなければ、必要な決断さえ鈍ってしまう。こうした事態を回避するには、企業の力量をみせて、信用力を回復させることが先決だ。私は、昨年中に何度も同じ言葉を口にした。
いま、経営者に求められるのは、下方修正をしない経営体質をつくりあげることだ。これは、計画内容が「達成可能」であることが第一。取り巻く経営環境のなかに必要なツールの有無を見定める。ツールがないのに上を見て高望みしてもはじまらない。むしろ、下を見ながら考えるぐらいがちょうどいい。それは「上をみたら切りがない。下をみると切りはある」と喩えられる。経験に照らしながらでも下は「倒産」を含めて相応にイメージできるし、そこまでは落ちたくないという意識を発動させることもできるからだ。
利益の創出は難しい。実際に再生を進めている旅館で、コストを8千万円削減できたものの、売上が1億円ダウンしたために、当初の目論見を達成できなかったケースがある。コストの削減だけでは再生はできない。だが、コストを削減することで、「安定経営を可能にする余裕の資金」の一部は捻出できる。それをトータルな戦略的視点で活用できるか否かだ。
したがって、まずは構造改革によるコスト削減が求められる。数学的な一例をあげてみよう。
これまでの旅館経営では、人海戦術的な要素が強くあったことから、ある面で人件費に対する感覚が希薄だったのも否めない。しかし、「人件費がかかり過ぎる」という実感はもっていた。そうした中で経営者には2つのオペレーションの仕方がある。仮に、イニシャルコストが100万円で人件費は月々60万円(3人)、一方でイニシャルコストに1千万円を投じて人件費を月々20万円(1人)にさせる選択がある。こうした2通りのオペレーションでは、初年度こそ前者に分があるものの、次年度以降は格段に差が生じる。しかも、3人と1人では、管理コストにも違いがあり、トータルで捉えるとその差はさらに大きい。
また、これまでに紹介した配膳システムを端的にいうと、現状の人件費が10であれば、それを7、6と削減するためには「何を・どうしたらいいのか」という点からスタートし、コストを削減する。ここまでが戦術レベルであり、そこで出た多少の余力を活用するのが戦略レベルだ。
というのも、配膳システムは、人件費の構成、人事考課、パート構成・採用計画などさまざまな要素がかかわっている。これらが有機的に相互作用をしながら実効に結びついていることも念頭においておく必要がある。そして、経営再生へ向けた構造改革では、配膳システムで削減したコストと販売戦略が連動しなければならない。
一般的には「コスト削減→サービス低下→安売り→さらなるコスト削減……」をいった悪循環ループがはびこっている。コストを削減すれば商品力の低下も必然的に伴うのは事実であり、それをリカバリーする売り方の工夫をしなければ悪循環に陥ってしまう。それが現状であるがゆえに、トータルな「戦略レベル」での対応が必要となる。
構造改革でコストの削減は可能だ。そこで得た「余力」を活用できるか否か。その答えは経営者の資質にかかわっている。それが回顧をしたときの忌憚のない思いだ。 (続く)
(企画設計・松本正憲)
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